お伊勢さまが侵食されませんように 

この間、ちょっと書いたが
伊勢神宮ではいろんな人を見かけた。

パワースポット本を片手に「ほら、ここ、ここ」と群がっている人達
おそらくTVの影響であろう、木のパワーを貰う?とかで木に巻きついている人達
何の行?なのか、少し小高いところにある多賀宮への道を裸足で登っている人達
(神前にわざわざ靴を脱いで裸足で向かうなど、ありえない…)

江戸時代に伊勢神宮への集団参拝「おかげ参り」が流行したと言うが、
木に張り付き、裸足でぺたぺたと歩いている様(裸足がつらいのか四つんばいになっている人がいっぱい)は
おかげ参りではなく、とかげ参りとでも言いたい。
あまり言いたくはないし、気のせいかもしれないが「邪気」と「欲」も感じられた。
(決して見下しているわけではない。良いと思っている人にとっては良いのだと思う。)

それから長い時間、場所を占領して、《手を組んで》ぶつぶつと唱えている人・・(たぶん某新興宗教)


そして某ブログの信者さん?と思われる人
「お賽銭は入れないほうがいいんだって!」
「某決まりセリフ」

某ブログは、今回たまたま宿泊先を探そうと「伊勢」で検索してその存在を知ったが
結構有名?な人らしい。3年位前から活躍?しているらしい。
ざっと読んでみた。
私は霊性も高くないし、さほどの知識もないし修行も積んでいないので 
評価、言及するのは失礼かもしれないが
一見、まともには見える。
言っていることの6、7割方は正しい(かも)
偶にあきらかな事実誤認やちょっとした間違いもあり。
多くの人が受け入れ易い、受動的な人はのめりこみ易いことを言っている。
過去の様々な宗教や精神世界系統本の寄せ集めのようでもある。
(それ自体は別に悪くはないが、さも自分が神様から啓示を受けたように書くのはどうかと思う)
今までの宗教や思想から、多くを学んでいる人なのだろうと思う。
そして「感応する力」は確かにあるのかもしれない。
それが正か邪か、あるいはどちらでもあり、どちらでもないのか、それはわからない。


ただ、神棚を祀るのは、特殊な先祖供養を十分続けたあとにするべきとか
なんでもかんでも「某決まりセリフ」を言って感謝するべきとか
白頭山の下りとか… 

なんだかトンデモ思想もかなり入っている。
そしてかなりの自信家でもある。
思い込みも激しい様子(どれも教祖には欠かせない要素ではある)
そもそも、伊勢神宮と対(というか陰陽の関係にあるのは)そこ(タイトルにもなっている神社)ではない
面倒だし、上手に説明もできないので書かないが
タイトル後半の神社の裏にはいろいろ絡んでくる事柄がある。
わざわざ結びつけるのは何か意図があるのか?導きなのか?
あるいは当人も操られているとか?

はあ?の一例は一昨年の地震について
(ブログ上では2008年6月16日の記事)

>そこに住む沢山の人間が発する思いは、その地に反映し
>ます。 その地域を救う事が出来るのは、そこの住民だけ
>です。

の下り。
あ、そう。震源地付近の住民のせいですか。
ワールドメイトの人と同じ位、悪質な思考だね。
あとどこかのヒプノ人の「死ぬ決意をして生まれてきてくれた人達ありがとう」とかね。
この手の言い草は、本当に許せない。


…私の嗅覚?では胡散臭いと感じた。(私の感覚も怪しいかもしれないし、真実はわからない)
日本古来からの思想とは相容れない部分(全部ではない)がある。


どうも、そのブログは
一見、神様や皇室を敬っているように見せつつ別の意図を感じる。
逆に遠ざけようとしているという読みはひねくれすぎだろうか?
そして伊勢神宮に対しての侵食や間違った認識を植え付けようとしているようにも見える。
伊勢神宮の方とお話する機会があったが、(外宮重視について)それとなく遠まわしに尋ねてみたら
「いろんな方がいますからね~(苦笑)。昔は内宮と外宮の対立という歴史もあったんですよ。
 でも神様はおおらかな存在です」 とのこと。
それから「いろんな『宗教』の人が伊勢を看板にしていて、それについては憂いている」とのこと


右翼のイメージを貶めようとする街宣車
国民の為と言いながら売国・反日という本性の民主党
そのブログでも否定している有料ヒーラーや新興宗教。
それらに似ているものがあるような気がする。
そして、いつの間にか某国留学生がうじゃうじゃと増えていた、
いつの間にか、某国人が土地を買い占めていた…
いつの間にか皇室内に国賊が入り込んでいた…という感覚に近いような不気味さがある。
いつの間にか、伊勢神宮が穢されていたなどということがなければいいけど。

で、そのブログにコメントを寄せている人達が・・なんとまあ
依存と盲信。宗教とまでは言えないかもしれないが、見事に洗脳されている。
ブログ記事をいくつか読んだ限りでは、よさそうかも知れないと一瞬思ったが、
よくよく読み、コメント欄まで読んだら
「ああ、だめだこりゃ」と思い直すことができた。
ブログ主のコメントに対する返答も、矛盾、狭量、話のすり替え…
そういう意味では踏みとどまらせてくれた気持ち悪いコメント欄に感謝している。


それと、時々覗く全く関係のない掲示板で皇族の方の名前+あのセリフを見かけたことがあったが
ブログの存在を知ってから「これだったのか」と思い出した。
逆に悪影響がないか心配になってしまう。
素晴らしい御方なので、守りのパワーも強く、大丈夫だとは思うが。


日常の生活の中で、こういう姿勢でやっていくのもいいかも・・と思えることも書いてあるので
全否定するわけではない。参考にできる部分もある。
でも、軽々に信じ、同調するのは危険だと思う。

やたらと神仏に願いごとをせず感謝するというのはその通りだと思う。
私も軽薄なスピリチュアル商売や胡散臭いヒーラーは好きではない。
(私もどこかで占いもどきをやっているが、儲けようなどとは思っていないし、操りもしない)
現実的な目の前の事柄の努力が大事、についてもそうだと思う。
でもただひたすら感謝、セリフまで決まっているのは思考停止になりはしないだろうか?
祈ることを否定する、その一点だけで、私は受け入れることができない。

日本のこと、家族のこと、たまには自分のことで祈りをささげたいと思うこともある。
私は今まで通りの神仏への向かい方でよいと思っているし
今まで通りの先祖供養で良いと思うし、
今まで通り、自分の言葉で素直な心からの感謝をしたい。
5%の中に入らなくてもいい。むしろ95%のほうでいい。

ランキングのクリックして下さい!(しかも5%なんたらなどという姑息な誘導)なんて書いてあると
やだよ!と思ってしまう。


思想や宗教は個人の自由。
いろんな道の歩き方、目標への辿りつきかたがあると思う。
いいと思って信じている人や当人の邪魔をする気は全くない。
違うと決め付ける気もないし、信者と議論する気も全くなし。
単に、違和感を覚えるというだけ、おかしな誘導をしているように感じることを危惧しているだけであり
私が占いもどきをしているから、そういうことを批判する姿勢を攻撃しているわけでも全くない。
ただ思うままを書いただけ。
これを読んで気分を害した人がいたら、ごめんなさい。
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おおやしまねこ