1年

昨年の地震から1年が過ぎた。

あの日、土曜日ということでゆっくりと朝ごはんを食べ、
テレビを見ながらのんびりしていた。
突然大きな揺れを感じ、部屋の中の不安定なものが倒れた。
外からはサイレンが聞こえ
テレビの速報では「震度6強」と表示。
そのままテレビをみていると、どうやら実家付近で大変なことがおきているらしい。
崩れた山、沢に落ちたバス、ぐちゃぐちゃの道路が映し出されている。

どきどきしながら実家に電話してみるが、全くつながらない。
固定も携帯もだめ、メールも届かない様子。
不安がどんどんつのってくる。
いっそのこと、家へ様子を見に帰ろうか?とも思ったが
新幹線や電車も動いていないようだった。

午後になってようやく電話がつながった。
家族は無事らしい。
でも家の中はぐちゃぐちゃとのこと。
後片付けの手伝いに帰ろうか?と言ったら
水が出ないのに、これ以上人が増えたら困るといわれ、やめる。
余震が断続的にあり、吐き気を催す。
友人、知人からたくんさんのお見舞いメールが届き始めた。

地震直後は気分が変に高揚して落ち着かなかった。
その後、毎日続く、壊れた山や建物、難航する行方不明の方々の捜索・・等の報道を見て、
どんどん気持ちが沈んでいった。
毎朝4時にはヘリコプターが北の方向へ飛び立つ音が聞こえ目が覚めた。
夜9時頃に戻ってくる音がした。
その音を聞きながら、ヘリコプターにぶら下がってでも、
実家、そして山の様子を見に行きたいと思った。

あの日のことは忘れることはない。
崩れた山は今も度々夢にでてくる。

(…という話をこの間実家の母としたら、母は「地震って14日だったけ?」だって…
 まあ、年寄りだから日付まで覚えているのは難しいのかも)

あの地震を引き起こした活断層は数千年周期で地震を起こしているらしい。
それほど稀な瞬間だが、できれば遭遇したくはなかった。

あの山の美しい姿は火山と、地震の地殻変動を繰り返してできたものなのだが
今はまだ、崩れた土がむき出しで、傷ついた姿にしか見えない。
自然に緑が戻るのにはどれだけの時間がかかるのだろうか…
人工的に元に戻すのは反対。
逆にあれを生かして観光地にする計画(ジオパーク)もあるらしいが
それもあまり賛成できない。見世物にしてほしくはない。
でも観光を復興させなければ食べていけない人もいる。
私は現地に縁はあっても現地の住人ではない。
どういう計画が実行されるとしても、何も言うことはできない。
せめて住民の多くが受け入れる事のできる形で
負を生かすことを願っている。

まだ行方不明の方もいる。
どうか行方不明の方が、1日も早くみつかりますように。
また生活基盤を失った方々が、1日も早く生活を立て直すことができますように。

カテゴリ
月別アーカイブ
ブログ内検索
メッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

書き主

おおやしまねこ