テレビ、正直だから面白い 黒柳徹子さん、番組と人生語る

テレビ、正直だから面白い 黒柳徹子さん、番組と人生語る
2015年5月22日05時00分

インターネットの普及でテレビの影響力が低下していると言われる昨今。
しかし、その草創期から一線で活躍するタレントの黒柳徹子さんは
「いいものを作れば、みんな見てくれる」と悲観していない。
では魅力ある番組とは何なのか。黒柳さんが人生を振り返りつつ、テレビについて大いに語った。
今の人は短気になりましたね。
テレビの世界だけでなく、政治も経済もすぐ結果を出さないといけない。
私が解答者として出演しているクイズ番組「世界ふしぎ発見!」は
来年30周年を迎えますが、1986年に始まった当初は視聴率が良くなかったんです。
世界中でリサーチをするので制作費がかかり、
「あんな真面目な番組、当たるわけがない」とも言われました。
でも「いいものはいい」と全員が信じて続けていたら、
だんだん人気が出て、こんなに長寿番組になりました。
効率優先の時代ですが、そういう時こそ、真面目さが必要ではないでしょうか。
「徹子の部屋」は来年が40周年。番組が始まる時、私は二つのお願いをしました。
一つはスタッフを変えないこと。私は髪形も変えないで来ました。
視聴者の気が散らず、安心してゲストの話を聞けるからです。
もう一つは編集をしないこと。テレビの魅力は生放送の緊張感にあると考えています。
この番組は録画ですが、ゲストの方とは生放送のような真剣勝負をしたい。
編集しないことで、普段話さないことを話して下さることがあるんです。
ただ、放送25周年で森繁久弥さんに来ていただいた時には、
編集をすることになりました。森繁さんは第1回の放送に出て下さいました。
構えることなく、楽しく話せばいいんだと身をもって示し、
番組の進め方を決めて下さった方です。
25周年の時、森繁さんは88歳。
集中力の要る話はもうしたくないようで、適当にごまかしていらした。
そこで私は「森繁さん、これじゃ放送できません」と申し上げたんです。
すると、森繁さんは居住まいを正して、
萩原朔太郎の詩を朗々と暗唱して下さいました。大評判でした。
実は私、森繁さんを一喝したことが過去にもあったんです。
「先生」と呼ぶ人がほとんどでしたが、私は常に「森繁さん」でした。
大先輩ですが、テレビの世界では私もテレビ女優第1号。
誰もが上下なく「ヨーイドン」だったからです。
周囲にいた人たちはびっくりしたでしょうけど。
森繁さんは、私の一喝に一度も怒りませんでした。
78~89年放送の「ザ・ベストテン」も印象深いですね。
この生放送の歌謡番組の司会を受ける時は、山田修爾プロデューサーに
「本当は1位じゃない人の名前を、
私に『今週の1位はこの方です!』と言わせないで下さい」と頼みました。
第1回の放送では人気絶頂の山口百恵さんが11位だったために出演していません。
4位の中島みゆきさんはテレビには出ない方だった。
私たちがカメラに向かって謝りました。
テレビってね、正直にやるからこそ面白いんです。
しかし本物には労力がかかります。翌週ランクインしそうな歌手に、
山田プロデューサーが出演交渉するんですが、必ず入る保証はありません。
それを毎週続けていたんですね。13年に山田さんは67歳で亡くなりました。
当時のストレスが影響していたでしょうね。
森繁さんや山田さん、向田邦子さんや渥美清さんら
亡くなった方々との交流をつづった『トットひとり』という本を新潮社から出版しました。
故小沢昭一さんに「私は100歳まで生きる」と話したところ、
「考えてもごらん。そしたら周りには誰も友達がいないんだよ」
と言われたことを思い出します。その時は、大泣きしました。
取り残された気はしますが、悲壮感はありません。
先に逝かれた方のことを文章にしてみると、死ぬのが怖くなくなってきました。
こんなに明るくて元気な人たちがみんな通っていく道だと思うと、ね。
「終活」ばやりの世の中ですが、私は今も大きなパンダのぬいぐるみを買ったりして、
家にはモノが増える一方です。(聞き手 編集委員・石飛徳樹)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11767010.html
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