集団的自衛権容認 「助け合えぬ国」に決別を

産経 主張
集団的自衛権容認 「助け合えぬ国」に決別を
2014.7.2 03:22
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140702/plc14070203220003-n1.htm

■日米指針と法整備へ対応急げ
 戦後日本の国の守りが、ようやくあるべき国家の姿に近づいたといえよう。
 政府が集団的自衛権の行使を容認するための憲法解釈変更を閣議決定した。
日米同盟の絆を強め、抑止力が十分働くようにする。
そのことにより、日本の平和と安全を確保する決意を示したものでもある。
 自公両党が高い壁を乗り越えたというだけではない。長年政権を担いながら、
自民党がやり残してきた懸案を解決した。その意義は極めて大きい。

 《抑止力が平和の手段だ》
 安倍晋三首相は会見で、「いかなる事態でも国民の命と平和な暮らしを守る」と重ねて表明した。
行使容認を政権の重要課題と位置付け、大きく前進させた手腕を高く評価したい。
 閣議決定は、自国が攻撃を受けていなくても他国への攻撃を実力で阻止する
集団的自衛権の行使を容認するための条件を定めた。さらに、有事に至らない「グレーゾーン事態」への対応、
他国軍への後方支援の拡大を含む安全保障法制を見直す方針もうたった。
一連の安全保障改革で、日本はどう変わるのか。
 安倍首相が説明するように、今回の改革でも、日本がイラク戦争や湾岸戦争での戦闘に参加することはない。
だが、自衛隊が国外での武器使用や戦闘に直面する可能性はある。
 自衛隊がより厳しい活動領域に踏み込むことも意味すると考えておかねばならない。
どの国でも負うリスクといえる。積極的平和主義の下で、
日本が平和構築に一層取り組もうとする観点からも、避けられない。
 反対意見には、行使容認を「戦争への道」と結び付けたものも多かったが、これはおかしい。
厳しい安全保障環境に目をつむり、抑止力が働かない現状を放置することはできない。
 仲間の国と助け合う態勢をとって抑止力を高めることこそ、平和の確保に重要である。
行使容認への国民の理解は不十分であり、政府与党には引き続き、
その意義と必要性を丁寧に説明することが求められる。
 重要なのは、今回の閣議決定に基づき、自衛隊の活動範囲や武器使用権限などを定めるなど、
新たな安全保障法制の具体化を実現することだ。
関連法の整備は、解釈変更を肉付けし、具体化するために欠かせないものだ。
政府は法案の提出時期を明確にしていないが、集団的自衛権への国民の理解を深めるためにも、
できるだけ早く提出し、成立を目指してほしい。
 自衛隊員は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め」ると宣誓しているが、
今後、さらに厳しい任務が増すだろう。合意に際してつけられた多くの条件、
制限が過剰になって自衛隊の手足を縛り、その機能を損なうものとしてはならない。

 《9条改正の必要は不変》
 憲法解釈の変更という行使容認の方法について「憲法改正を避けた」という批判もある。
だが、国家が当然に保有している自衛権について、従来の解釈を曖昧にしてきたことが問題なのであり、
それを正すのは当然である。
 同時に、今回解釈を変更したからといって、憲法改正の核心である9条改正の必要性が減じることはいささかもない。
自衛権とともに、国を守る軍について憲法上、明確に位置付けておくべきだ。
安全保障政策上の最重要課題として、引き続き実行に移さなければならない。
でに時期の迫ったものとして、今回の改革を日米両政府が年末に改定する
日米防衛協力の指針(ガイドライン)に反映させる課題がある。朝鮮半島有事への備えに加え、
南西諸島防衛など中国にも対処できる内容にどれだけ変えられるかが焦点となる。
 新ガイドラインを通じて日米協力の実をあげ、米国との絆を強めることは、同盟の抑止力を高める上で現実的な方策だ。
 考えるべきことは、ガイドラインや法案の内容にとどまらない。
日本が生き残っていくうえで必要な安全保障政策とは何か。
アジア太平洋地域の安定を含め、日本は国際平和をどう実現していくべきなのか。
 政治家も国民も共に考え、日本がより主体性をもって判断すべき時代を迎えた。

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