カーネーションで

今日の話は、ちょっと悲しかった。

「妊婦さんが火事を見ると、あざのある子が生まれる」
迷信とは言え、今でも言う人もいる。

私は前にも書いたように、レックリングハウゼン病という病気で生まれつきあざがある。
父からの遺伝。
腕や首が見えるような、夏の服だとあざがあることがわかる程度。
でも、見知らぬ人が聞いてきたりする。
「あなたのお母さん、あなたがお腹にいる時に火事を見たの?」

ドラマの中で野田総理に似た顔の医者がきっぱりと「それは迷信」「医学的な根拠は全くない」と言っていた。
(あの顔では説得力がない。)
医者がそう言っても糸子はずっと心配していた。
生まれた子にあざがない事を知ってほっとした様子。

小篠綾子さんの自伝は読んでいないので、そのあたりはどのように表現されているのかわからないが
綾子さんが今日のドラマの通りに書いているのならば、別にそのことについて文句を言う気持ちはない。
あざのある人に配慮しろなどとNHKに言う気はない。
あざの心配をするのは母親の心情としては当然のことだと思うので。

もしこれが脚色だったのなら不快だが
・・・でも変に配慮して糸子に「あざがある子が産まれても構わない、どんな子でも素晴らしい」などと言わせたとしても
それはそれで気持ちが悪い。わざとらしくてもっと不愉快かもしれない。

あざのある子が生まれたらどうしようの描写・・が結構しつこくて
そんなにあざって忌み嫌われるものなのかと悲しくなった。

同時に、遺伝という明確な理由があるとはいえ、あざのある子を産んでしまった私の母は
産んだ当時はまわりに何か言われ、私以上に傷ついたのではないかと急に心配になった。
今まではあんなことを言われて悔しかった、いやな目で見られたなどと
自分がされたことに対して悲しく悔しい思いはあったが、
母も何か言われて悲しかっただろうということに考え及んだことはなかった。
心無い言葉を浴びせられたことはあったかもしれない。
母だって、あざのないきれいな子を産みたかっただろう。
あざは私以外の子には遺伝しなかった。
父の母(私の祖母)や父方のいとこの何人かにはあざがあったので
父方の親戚は(原因がはっきりわかっているから)母を責めるようなことはなかったと思うが、
今現在だってあざを見て無神経にいろいろ言う見ず知らずの人や、
無邪気?に聞いてくる知人はいるのだから昔はもっといただろう。
近所の人とか何歳児検診でよそのお母さんとか。

母は今日のドラマはどう思っただろう。
あざの話を母としたことはあまりない。両親の前であざを嘆いたことも一度もない。
以前、母が全く別の話をしていて、何かの拍子に「お腹に赤ちゃんがいる人が火事をみると・・ 」と言いかけ
少し間があって「・・いぼのある子が産まれるという迷信があって」と迷信を改変
私は本当の迷信は知っていたけど(わざわざ教えてくれる見知らぬ人がいるから)、
「へえ、馬鹿馬鹿しい迷信だね」と全くそしらぬ風を装い、相槌を打った。
(この当時はまだあざだけで線腫はなかったので、いぼの改変フォローは通用した)
母が私にかなり気を遣っているのを感じた。
だからこそ、決して嘆くまいと思う。

私は、あざについてはもうどうでもいい。
治せるものでもないし。
今では父を偲ぶ形見になってしまった。




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おおやしまねこ