日記(7/1)

もう7月。今年も半分終わった。
まだ梅雨も明けていないのに真夏のような暑さ。
この夏初めてエアコンをつけた。
雷は三日連続。
でもまだ夏バテはしていない。
普通に動けているし、食欲も普通。
そんなにたくさん食べられるわけでもないが、食べられないということもない。



不明少年ら13人全員無事=洞窟で9日ぶり発見―タイ

不明少年ら13人全員無事=洞窟で9日ぶり発見―タイ
7/3(火) 0:55配信
【バンコク時事】タイ北部チェンライ郊外の国立公園にある洞窟で行方不明となっていた
サッカーチーム所属の少年ら13人が2日夜、洞窟内を捜索していた救助隊により、
消息を絶ってから9日ぶりに発見された。
13人は会話できる状態で命に別条はない。救助隊は引き続き、洞窟外への救出作業を行う。
チェンライ県のナロンサク知事によると、13人は避難しているとみられていた空洞から
300~400メートル離れた場所で見つかった。
プラユット暫定首相は「すべての国際救助隊の多大な尽力に感謝する」との声明を出した。
タイ海軍特殊部隊によれば、洞窟内の拠点を2日午後5時半(日本時間同7時半)にダイバー2人が出発。
同9時38分(同11時38分)に13人を発見した。今後、応援のダイバーや医師団を派遣。
食料を届けると同時に排水作業を進め、早期救出を目指す。
11~16歳の少年12人と男性コーチ(25)は6月23日午後、洞窟に入り、
大雨に伴う増水で出られなくなったとみられていた。捜索活動は24時間態勢で行われ、
米軍や英国の洞窟救助専門チーム、国際協力機構(JICA)の専門家ら外国の救助隊も参加。
しかし、雨が断続的に降る中、濁水に阻まれて作業は難航を極めていた。 
最終更新:7/3(火) 9:54
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180703-00000003-jij-asia

栗駒山活動の警戒怠るな 火山防災エキスパートの土井さん、警鐘鳴らし続ける

<岩手・宮城内陸地震10年>栗駒山活動の警戒怠るな 火山防災エキスパートの土井さん、警鐘鳴らし続ける
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180706_13004.html

岩手、宮城、秋田の3県にまたがり、2008年岩手・宮城内陸地震の震源にも近い栗駒山(1626メートル)で、
火山活動調査を続ける研究者がいる。
国が選んだ5人の「火山防災エキスパート」に名を連ねる岩手大客員教授の火山地質学者土井宣夫さん(66)だ。
地震と火山活動の関連を指摘し、警戒を怠ってはならないと訴える。
一関市側の登山道に5月中旬、岩手県や盛岡地方気象台、地元消防の関係者十数人が入った。
土井さんが指揮を執って年2回、噴気温度や火山ガス濃度を観測する合同調査の一行だ。
「地表の異常は地下の変化を表している」。
そう強調する土井さんは、内陸地震でも揺れの前後に地表の変化を捉えていた。
栗駒山では1990年以降、火山活動が活発化して火口湖「昭和湖」が白濁し、
周辺では樹木の立ち枯れが続いていた。
ところが2007年、湖の水が突然透明になって植生も回復。
地下にあるマグマだまりの圧力が低下し、火山ガスの噴出が減ったことを示していた。
栗駒山の北東約13キロを震源とする内陸地震が発生したのは、その1年後。
土井さんは、マグマだまりからのガスや熱水が地上ではなく活断層に供給されて地震を誘発したと結論付けた。
同様の地表現象は03年の宮城県連続地震でも観測されている。
土井さんは「前兆を捉えて影響を考慮する幅広い視点が、ますます重要になる」と訴える。
火山観測態勢の弱さが指摘される栗駒山で喫緊の課題は、噴火した場合に備えた避難計画の策定だ。
防災を担う後進の育成にも精力を傾ける土井さんは
「集めたデータを生かせる人材は確実に育ってくれている」と語り、データ収集に現場へと足を運び続ける。
2018年07月06日金曜日


<岩手・宮城内陸地震10年>巨大地滑り、眺め 知る 栗原・荒砥沢を研究者ら視察
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180708_73010.html

発生から6月で10年となった岩手・宮城内陸地震の被災地を、研究者や学生らが回る視察会が7日、
最大被災地の栗原市であった。これまで立ち入りが制限されていたポイントを含む7カ所に足を運び、
地震の発生メカニズムや学術的価値に理解を深めた。
日本地滑り学会東北支部、栗駒山麓ジオパーク推進協議会などが主催し、約70人が参加した。
国内最大級の地滑り地帯「荒砥沢崩落地」や地滑りによって地層が地表に押し出された
「擾乱(じょうらん)帯」、従来は関係者しか入れなかった国有林の工事用道路などを見学した。
荒砥沢崩落地は崖の上にある冠頭部のうち、進入が規制されていた南側からも視察。
これまで見ることができなかった角度から岩肌の形状を確認した。
 土石流で7人が犠牲になった宿泊施設「駒の湯温泉」の跡地も訪ねた。
一命をとりとめ、現在は日帰り入浴施設を営む湯守の菅原昭夫さん(63)が
「今も山地災害の報道はつらい。10年でいろんなことがあった。
周囲の支えのおかげで毎日を生きている」と語り、一行は真剣に耳を傾けた。
研究室で山地災害を学ぶ弘前大農学生命科学部4年の朝原康貴さん(22)=弘前市=は
「被災地のスケールの大きさに圧倒された。菅原さんの話には胸を打たれた」と語った。
ガイドを務めた東北学院大教養学部の宮城豊彦教授(自然地理学)は
「百聞は一見にしかずで、現地を見てもらうことが伝承の近道だと改めて思った。
幅広い層の興味を喚起する見せ方や、情報発信に当たる人材の育成を今後も大事にしてほしい」と話した。
2018年07月08日日曜日

野蒜に皇后さまの歌碑を 住民ら建立実行委発足

「野蒜とふ愛しき地名あるを知る被災地なるを深く覚えむ」野蒜に皇后さまの歌碑を 住民ら建立実行委発足
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180707_13035.html

皇后さまが東日本大震災で被災した東松島市野蒜について詠まれた歌を石碑に刻もうと、
地元自治会を中心とした建立実行委員会が発足した。
建立地は被災した旧野蒜駅隣の市復興祈念公園を想定。
「津波防災の日」の11月5日に除幕式を開く考えで、宮内庁への申請準備などを進める。
歌碑に刻む歌は<野蒜とふ愛(いと)しき地名あるを知る被災地なるを深く覚えむ>。
皇后さまが2017年に詠んだ歌の中から自身で選んだ3首のうちの一つで、
御所の庭で摘んでいたノビルと被災地の野蒜を重ね合わせたという。
実行委は野蒜まちづくり協議会や地元自治会の役員ら17人で構成。
整備費はデザインによっては数百万円かかると見込まれ、地域住民らから寄付を募る。
野蒜市民センターで2日に初会合があり、委員長に同協議会の菅原節郎会長(68)を選出。
委員からは「市出身者にも寄付を募ってはどうか」
「建立する場所の草が伸びている。管理をしっかりしてほしい」などの意見が出た。
歌碑建立を巡り、同協議会は今年3月、市に要望書を提出した。
皇后さまの歌が1月に発表された後、野蒜地区の住民から感謝の声が上がったことを受けた。
菅原委員長は「皇后さまに心を寄せていただき、歌にまで詠んでもらったことがありがたい。
歌碑建立の実現に向けて頑張りたい」と意気込む。
2018年07月07日土曜日

日記(7/8)

少し前まではうんざりするほど暑かったのに、昨日と今日は涼しい。
洗濯物も乾かない。

二週間位前から左膝の調子が悪い。
職場は洋式と和式のトイレがあり、空いていれば洋式を使うが
和式しか空いてなければ待たずに和式の方を使うようにしていたのだが、
前はなんということもなくしゃがめていたのに、左膝に少し痛みが出るようになった。
立ち上がるときも手すりにしがみいている。
これも年齢からくるものだろうか。
歩くことや階段の昇降は特に問題もなく、正座もなんとかできる。
この程度で整形外科に行ったほうがいいのか、
とりあえずコンドロイチンのサプリでも飲んでみようか迷っている。

ところで、年齢肩も左側、膝も左側、へバーデン結節も左手、頭痛も左側。
私は偶々だと思っているのだが、スピリチュアルが好きな友人によれば
なにがしかの意味があるらしい。
先祖とか守護霊とか云々。
興味がそれほどなかったので適当に聞き流した。

加藤剛さんが

加藤剛さんがお亡くなりになった。
親世代の俳優さんだが、結構好きだった。
ショック。
ご冥福をお祈り申し上げます。

夢2018年5月-7月

実家?
姪たち
私はミニバイクで山道を登っている
対向車があるとよけなければならないような細い道
わりとすいすい通り、目的地に到着する

=============================================
元同僚のKAさんとKYさん
三人で食事
さらにもっと前の同僚のOAさんと、学校時代の友人のKNさんにメンバーが変わっている
さらに昔の同級生などもいる
その後どちらかの家に行くことになるバス停へ
以前住んでいた当たりの道路
バス停に並ぶ
マイクロバスかワゴン車か大型タクシーかのような数人の座席の車に乗る
KAさんとKYさんは(夢の中では)それぞれ市内南北の反対方向に住んでいるが
周りまわって近い?みたいなことを言っている
車はどちらかの職場付近を通っている
学校のような、研究機関のような大きな建物
坂道を下っている
夜だったのに朝になっている
これから他人の家にいくなんてめんどくさいし、第一いいのだろうかなどと考えている

=============================================
ロシアンブルー
とてもかわいい、初対面なのにとても友好的
口と口で挨拶
どこかの店
~~~
知らない道
鉄道が縦横に走っている
近鉄線?らしいのだが、どうやらそこは茨城県らしい
夢の中でも茨城なのに近鉄なのはおかしいと思っている
家に帰ろうとしてどこ行きに乗ればいいのかわからない
大阪行きとか宇都宮行きとかがある
とりあえず宇都宮行きに乗って東北本線に乗ればいいと思いつく
迷ったあげくある電車に乗る
きれいな座席
駅が職場?
~~~
裸足で歩く
途中で足湯につかる
裸足で良かったと思う

=============================================
学校?
課題をこなす

=============================================
大晦日?
昼間のように明るいが夜の設定
ラジオ?
姉が何か小言らしきことを言い、非常にムカつく

=============================================
実家の庭、テーブル
(でも西日本という設定が会話の中にでてくる)
家族で飲食
遠くで稲妻が光っている
南の空、黒い雲、たくさんの稲妻、雷鳴

=============================================
群馬?
平尾なんとかさんという石碑
お寺のような登り口
忍者のような蝋人形が何体もある
蝋人形かと思ったらやはり忍者だった
(イベントとして)追いかけてくる 逃げる
インド麺のような黄土色の布で覆われる
~~~
どんどん道を歩く
田んぼ
田んぼの周りにぐるっとアヤメ
~~~
犬が向かってくる、犬かと思ったら馬、
馬かと思ったら一角獣
怖いようで怖くはない
角を手で受け止める
やわらかい
~~~
天理教の看板

=============================================
両親、姉、私の4人で出かける
いつの間にか父がいなくなり、探す

=============================================
リラクゼーションのような治療院のような店
中高年の女性たちが働いている
普通の住宅を改装したような建物
古いが広々としている
私は足の指をほぐしてもらっている
~~~
湖のようなプール
名称(忘れたが)Sという文字は入っている


=============================================特許をとるような、実験室のようなところで働いている
補助的作業
方眼紙のような紙を渡され、設計図を書くように言われる
~~~
朝食 実家?

=============================================
職場?
上層部の二人がなにやら作業している
昼休み
Tさんが部屋から出てくる
二部屋をつないだような場所

=============================================
出勤途中?
コンビニから出て歩いている途中で裸足であることに気が付く
でも不快な感じではない
家に戻る
家は今現在の家ではなく、学生時代に住んでいた家の階段を上る
部屋で、何か作業している人が何人かいる
その人たちと話しをして、靴を探すが、適当なものが見当たらない

第2410回「納豆の好きな食べ方はなんですか?」

FC2 トラックバックテーマ:「納豆の好きな食べ方はなんですか?」

ごはんにかけるとき、必ずネギのみじん切りは入れる。
納豆についてくるタレよりも醤油の方が好き。
からしは入れない。
たまに大根おろしを入れたりもする。
刻んだ野沢菜漬けを混ぜるのも好き。

他に好きな食べ方はイカ納豆。
イカソーメンとひきわり納豆を混ぜる。
わさび醬油で刻みのりかシソの葉の千切りをのせる。
良いつまみになる。

日記(7/14)

梅雨明け。
平年より11日早いらしい。
去年は梅雨明け日を特定できなかった、とニュースで言っていたが
そういうえばそうだった。
暑いのは苦手だが、夏は夏らしいほうがいい。
でも休みでもこれだけ暑いと出掛ける気にはなれない。
どうでもいい恰好でぐだぐだしている分には暑くてもいい。

今の朝ドラ。
そんなにちゃんと観ているわけではないが、面白いと思えない。
周囲の評判はそう悪くもない。
皆、まれやべっぴんさんよりはましだと言っている。
確かにそれほど面白くもないが、まれやべっぴんさんやわろてんかよりはましだと私も思う。
でも面白くしようとして滑っている感がある。
懐かしネタも出し方がわざとらしくて面白くない。
かなり初期の段階で最終形態がどうなるか知っている(公式サイトで)せいか
今の不安を呼ぶような展開も馬鹿馬鹿しさしかない。

奇跡ではなかった!? 13人の救出

奇跡ではなかった!? 13人の救出
2018年7月13日 20時00分
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0713_2.html

タイ北部の洞窟から出られなくなっていた地元サッカーチームの少年12人とコーチの合わせて13人は、
今月10日までに全員が無事救出されました。
世界中のメディアは、この救出作戦の成功を「奇跡の救出劇」として大きく報じました。
しかし、一連の救出活動を追い続けた現場取材から見えてきたのは、“不可能”を“可能”に変えた、
人々の知恵と努力でした。(アジア総局記者 小阪田和也)

■劣勢だった「水との闘い」
◇止まるポンプ
少年たち13人の救出は、まさに水との闘いでした。
現地は雨季の真っただ中。洞窟内はところどころが水没し、水の濁りはひどく、流れも急でした。
序盤の闘いは全くの劣勢。行方不明となった13人を捜すことさえままなりませんでした。
捜索が始まって5日目に現地入りした私が目にしたのは、動いているかどうかさえ分からない頼りない排水ポンプの姿。
誰もが事態の深刻さをすぐに理解できる状態でした。
翌日には、そのポンプも止まってしまいました。電気系統のトラブルでした。
水位はさらに上がり、洞窟の外にまで水があふれる事態に。
私たち報道関係者は洞窟から離れるよう命じられ、軍の関係者ですら洞窟の外へ退去せざるを得なくなりました。
「水との闘い」どころか、闘うことすらできない状況に陥ってしまったのです。

◇「望みはかなり薄い」
「それでも海軍のダイバーがなんとかしてくれるだろう」
現地では、そんな期待が残っていました。
しかし、そうした見方は甘かったということが後でわかりました。
救出活動が完了したあとに、NHKの単独インタビューに応じた海軍特殊部隊の司令官は、
当時は全く先が見えていなかったと率直に語りました。
「経験も、装備も十分でなかった」
ふだん活動している海と洞窟とでは、何もかも違っていたというのです。
暗く、複雑な地形の洞窟を前に手が出ない状態。
水位が下がることを期待していましたが、ポンプも止まりました。
司令官は「表向きには、あきらめないと言っていたが、望みはかなり薄いと感じていた」と振り返っていました。

■局面を変えたイギリス人と日本人
◇きっかけは地元探検家の手紙
「タイ海軍のダイバーでも洞窟での捜索は畑違いだ、困っているだろう」
そのことに気づき、早々と手を打った人がいました。
タイ北部チェンライ県に拠点を置く、イギリス人探検家ヴァノン・アンソワーズさんです。
洞窟専門のダイバーを送る必要性を感じたアンソワーズさんは、
イギリス人のダイバー3人の名前を具体的に挙げたうえで
「時間は残り少ない!彼らは世界でベストな洞窟ダイバー。連絡を!」とタイ政府に手紙を送ったのです。
すぐに、バンコクにあるイギリス大使館を通じて、ダイバーたちに支援要請が届きました。
そして、早速現地入りした3人。豊富な経験を活かし、一気に潜水。
5キロ余り進み、助けを待っていた少年たちを発見したのです。

◇「水の入りを止めろ!」訴えた日本の専門家
少年たちが発見された後も、水との闘いは続きました。
ここで活躍したのが、日本の専門家でした。
タイの王立潅漑局に日本のJICAから出向していた降籏英樹さん。
現地入りしたあと「排水も重要だが、水の入りを止めるべきだ」と主張。
山を登って、洞窟に流れ込む沢を探すようアドバイスしたのです。
王立潅漑局は、そうした沢を2つ発見。土のうとパイプを運び込み、流れを変えることに成功しました。
その後、洞窟内の水位は徐々に下がっていきました。
入り口から奥へ1.5キロの地点の水位は、高すぎて測ることすらできないという状況から、
救出が開始された7月8日には30センチ以下にまで下がっていました。
日本の専門家が、水との闘いの形勢を一気に逆転させたのです。
雨季にもかかわらず、救出開始まで1週間余りにわたって雨の少ない状態が続いたという幸運にも恵まれました。

■洞窟で耐えた13人
◇「生き残れる」と知っていた少年
少年たちとコーチ、救出された側の努力も救出作戦が成功した大きな要因でした。
2週間以上も暗い洞窟の中で過ごした13人。
心配されたのが、体力の面もさることながら、いかに心の平静を保ちパニックを押さえるかという、精神の面でした。
たとえ、体力が残っていたとしても生存が危うくなるからです。
少年たちの中で最年長である16歳のポーンチャイ君。
ポーンチャイ君は、近くにある別の洞窟で遭難した外国人が、1か月以上生き延びたという事例を知っていました。
母親は、1か月ほど前にポーンチャイ君とその話をしたとNHKの取材に答えてくれました。
ポーンチャイ君は、この知識をみんなと共有し、希望を与えたのかもしれません。

◇コーチは「元僧侶」
さらに大きな役割を果たしたのが、25歳のコーチ、エーカポンさんです。
10年ちかく仏門に入った経験があります。祖母の看病のため仏門を離れ、
その後、サッカーチームのコーチになりました。
洞窟の奥で13人から話を聞き取った海軍によりますと、エーカポンさんは、
少年たちが体力を消耗しないよう、むだに動かないようにとか、
洞窟の上からしたたり落ちるきれいな水だけを飲むようになどと指示していたということです。
さらに、僧侶時代の経験を活かし、少年たちにめい想させていたというのです。
行方不明になってから10日目に発見された13人。
生存は「奇跡」ではなく、適切な行動をとったうえで、勝ち取ったものだったのです。

■いざ実行へ
◇「ウォーターマンになれ!」
13人をどのように無事、洞窟の外へ助け出すのか。
少年たちを発見したあとは、救出活動に向けた準備が急がれました。
洞窟の奥1.5キロの地点に活動の拠点を置き、少年たちが待機する場所から洞窟の出口まで、
道しるべとなるガイドロープがひかれました。さらに、25メートルおきに空気ボンベが設置されました。
準備を進めるのにも、空気ボンベが必要ですから、洞窟の外では毎日、空気を充填(じゅうてん)しては、
また洞窟の中へと大量のボンベを運び込むダイバーの姿がみられました。
タイ海軍特殊部隊の司令官は、ダイバーたちに「ウォーターマンになれ」と指示したというのです。
ずっと水の中で生活できるよう変身しろという、ちょっとむちゃな指示のように聞こえますが、
徹底してダイバーたちに洞窟の環境に慣れさせていったということです。

◇「横になって、息をするだけ」
実際の救出活動は、100%の結果だけが求められる厳しいものでした。
全行程5キロのうち、およそ半分の行程で潜水して移動することが必要という状況のなか、
ほとんどの行程でダイバーが少年を抱きかかえるようにして前へ進みました。
そして、ラスト1.5キロ。水位はひざ下にまで下がっていましたが、少年たちは担架に乗せられ、
大勢の兵士がその担架を支え、狭くて複雑な地形の中を慎重に運び出していきました。
海軍特殊部隊の司令官は、この区間について「少年たちは横になって、息をするだけだった」と表現し、
少年やコーチの負担をできるだけ最小限に抑える方法をとったことを明らかにしました。

■勝ち取った成功
「奇跡の救出劇とは簡単に片付けられない」
現地で取材を続けてきて、そう強く感じています。
強じんな精神力を持つ海軍特殊部隊の司令官をしても「望みが薄い」と感じさせた過酷な状況。
それでも、多くの人たちが諦めずに知恵と努力を重ね、
“不可能”を“可能”にして13人全員の無事救出を達成したのです。

街中に歓喜の輪が広がりました。
タイはいま、4年前のクーデター以降、軍主導の暫定政権が続き、
ほとんどの政治活動が禁止されたままになっています。政治をめぐる国民の分断も根強く残っています。
ただ今回、タイの人々が一体となって13人の救出を願い、成功を成し遂げたことは、
今後、タイが1つになって前を進んでいく姿を想像させてくれるものになりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0713_2.html

なぞ

台所の日当りのよい窓辺にザルをフックで引っ掛けていたら
一部分が劣化して穴が開いていた。
手で押してみるとバラバラと2センチ位の棒状に崩れた。
でもフックの下周辺のどこにもそれ以前に落ちたはずのザルのかけらがない。
使おうと思った時に気がついたが、もっと前から穴が開いていたのだろうか。
いくら細かい破片でも排水溝のアミには引っかかるはずだし
食べ物に混じっていた記憶もない。(怪しいが、そんなはずはない)
一体かけらはどこへ消えたのか。

ここ数日のうちに、ベランダと玄関外の共有通路で2回、カナブンの死骸を見つけた。
カナブン自体、見るのは久しぶり。
ベランダに設置タイプの殺虫剤は使っていないし、なぜ死んでいたのか。
暑さのせいか。

オロナミンC回収

大塚製薬、「オロナミンC」800万本自主回収
大塚製薬は20日、栄養ドリンク「オロナミンC」の一部製品のふたが勢いよく開く恐れがあるとして、
約800万本を自主回収すると発表した。飛んだふたが目に当たり腫れたケースもあるといい、
同社が注意を呼び掛けている。(2018/07/20-12:20)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018072000610&g=eco

◇大塚製薬HPより一部転載
「オロナミンC ドリンク」「オロナミンC ROYALPOLIS」 一部商品回収のお詫びとお知らせ(自主回収)
「オロナミンCドリンク」
JANコード:4987035089315
ラベルおよび瓶底部に下記3つの記載がある商品
①賞味期限:18.12.12~19.06.17 及び 19.06.24~19.06.26
②製造所固有記号:OFK
③びん製造所記号:T1
http://www.otsuka.co.jp/information/20180720_1.html  

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
オロナミンC、今夏は箱買いして飲んでいる。
早速、手持ちのオロナミンCの瓶を調べてみる。
どきどきしながら製造番号を見る。
完全一致。
固有記号も一致。
びん製造所記号も一致。
(これが宝くじならどんなに良かったことか)
oro2.jpg
oro1.jpg
oro3.jpg

25本入りの箱で、現在15本残っている。
今までの10本は特に問題なかった。
該当商品ではあるので、回収してもらうよう手続きすべきところだが、めんどくさい。
クオカードじゃなくて、大丈夫なオロナミンCと交換してくれればいいのに。

日記(7/24)

毎日暑い。
今日は昨日までよりはいくらか最高気温が低かったようだが
湿度が高いせいか、不快な暑さだった。
でも、今の所夏バテをせずに済んでいる。

当たりのオロナミンCは生協で回収するという葉書が昨日来た。
自分で大塚製薬に申し出て手続きしなければならないのはめんどくさいと思っていたが
生協の個人宅配で購入したので、生協に返すと、1本92円が返ってくるとのこと。
宅配の日に担当者に戻せばそれで終了。
箱で買い、1本あたり79円だったので、92円もらっていいのだろうかと思ったが、いいのだそうだ。
15本残っていたが、あの後1本飲んで、あと14本。
14本×92円で1288円。後日その金額が値引きされる。
瓶を運んだり梱包したりしなくてよいので助かる。




“数十年に一度” リュウゼツランが各地で開花

“数十年に一度” リュウゼツランが各地で開花
2018年7月27日 19時16分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011552191000.html

中南米が原産で、数十年に一度しか咲かないとされる多肉植物のリュウゼツランが
各地で咲いていて話題になっています。
このうち、徳島県鳴門市の自営業五島輝記さん(57)の家の畑では、
5メートルほどの枝の先端にリュウゼツランの黄色い花が無数に咲いています。
昭和40年に五島さんの両親が株を植え、53年後の今月18日ごろ、初めて咲いたということです。
五島さんは「待ちに待った気持ちです。ここまでの高さになるとは予想外でした」と話し、
妻のアサ子さん(54)は「夫の両親が記念に植えたものなので株を分けて息子や孫など、
次の世代に残していきたい」と話していました。
一方、名古屋市では、中心部にある国の合同庁舎の植え込みで、リュウゼツランが花を咲かせています。
こちらも高さ5メートルほどに伸びた茎の先に枝分かれして、小さな黄色い花が咲いています。
市内の東山動植物園によりますと、日本での寿命は長くても50年ほどで、
花を咲かせたあとは、ほとんどが枯れてしまうということです。
通りかかった80代の男性は、「珍しい花を見て長生きしてよかったと思う。みんなに自慢できる」と話していました。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

一ヶ月ほど前、県内のニュースでも定義山でリュウゼツランが開花したと言っていた。
今年はたまたまの当たり年なのか、何かの前兆なのか気になる。
でもいろいろ検索してみたら、2012年も昨年2017年も「各地で開花」「50年に一度」「珍しい」と
ニュースになっていた。

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