佳子さま ご入学

佳子さま、ICU入学「有意義に過ごしたい」
2015年04月02日 11時23分
 秋篠宮家の次女佳子さま(20)が2日、国際基督教大学(ICU、東京都三鷹市)の入学式に出席された。
 午前7時半頃、紺のスーツ姿の佳子さまは、桜満開のキャンパスに姿を現し、
報道陣に「新しい学生生活を始められることに感謝しつつ、有意義に過ごしていきたいと思います」と
笑顔で抱負を語られた。キャンパスの雰囲気を尋ねられると、
「緑が多くてとてもきれいなキャンパスだと思いました」と話された。
 宮内庁によると、入学式では「秋篠宮佳子」と呼ばれて「はい」と返事をされたという。
 佳子さまは、2013年に学習院大に内部進学したが、「別の環境で学びたい」と昨年8月に中退。
同10月、姉の眞子さま(23)と同じくICUのAO入試に合格された。
英語と幅広く教養科目が学べる点に魅力を感じられたという。
 中退後、佳子さまは宮中行事や障害者福祉などの公務に精力的に取り組んできたが、
今後は学業を優先し、公務は可能な範囲で続けられる。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150402-OYT1T50095.html


佳子内親王殿下、おめでとうございます。

今日もよい笑顔で安心した。
12月に成年になって以降、注目度が高まり
また、一部の週刊誌(の見出し)は躍起になって貶めようとしているようで
気が休まらないのではないかと心配していた。
どうか、佳子さまが安心して学業に専念できますように。



茶葉

お茶は飲むだけでなく、葉も食べるとカテキンをたくさん摂れるらしい。
でも、ミルサーで粉状にして溶かして飲む方法は、そんなにおいしくはなかった。
料理に混ぜ込むのもいまひとつ…
そんな話を友達にしたら
友達はお茶をいれた後の茶葉をそのまま食べると言っていた。
茶葉が上等なほどおいしいということだった。
友達の会社では、社長とお客さん用
役職あり用
それ以下用と
茶葉3ランクに分かれているそうだ。
そして、ランクが上ほど、おいしいのだとか。
友達は補充からお茶だしまですべての権限を持っているので試すことができたらしい。
その友達は職場の贈答品処分の権限も持っていて、
私が引越した時には職場の「余っていた?」鉢や植物を持ってきてくれた…
(私も横領罪の共犯?)
…まあ、それはともかく、高い茶葉はそのまま食べても、だしがらを食べてもおいしいらしい。

職場でのお茶出しは最初に就職した会社の約10年間以外はしていない。
その時は当番制だったので、毎日ではない。
その後は、職場自体がお茶出しのない所だったり、
派遣の一時的雇用だったりと、理由はいろいろだが
家で好きなようにいれるのとは違って、あまり好きな作業ではない。

教科書検定

竹島・尖閣は「日本固有の領土」…教科書検定
2015年04月06日 19時11分
文部科学省は6日、2016年度から中学校で使う教科書の検定結果を公表した。
社会科では、初めて全教科書で竹島(島根県)と尖閣諸島(沖縄県)が取り上げられ、
「日本固有の領土」などと明記された。歴史的経緯も詳しく説明しており、領土教育の充実が図られそうだ。
中学教科書は今回、国語、社会、数学、理科、英語など9教科で104点の検定申請があり、
102点が修正を経て合格。社会科の2点が、「学ぶ内容を示した学習指導要領に沿っていない」
などの理由でいったん不合格になったが、修正後に再申請して合格した。
うち社会科では、地理、歴史、公民、地図の20点全てで北方領土に加え竹島と尖閣諸島の記述が登場した。
文科省教科書課は「全体に領土の記述が倍増した」としている。
特に中学歴史ではこれまで、竹島と尖閣諸島についてほとんど記述がなかったが、
今回8点全てで日本の領土になった経緯が説明された。
背景には、文科省が昨年1月、教科書作りの指針となる学習指導要領解説書(社会)を改定し、
竹島と尖閣諸島について固有の領土であると明確に理解させるよう求めたことや、
土への関心が高まっていることがある。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150406-OYT1T50062.html



2015.4.6 19:30更新
【教科書検定】
「皇室軽視」傾向も改善…両陛下「震災被災地」視察の写真も

「天皇」についても、憲法が定める国事行為を行う点ばかりを強調したり、
敬称を付けずに記述したりするなど「皇室軽視」の教科書が少なくなかったが、
今回は東日本大震災の被災者を励まされる天皇、皇后両陛下の写真を掲載したり、
外国ご訪問などを紹介したりする教科書が増えた。
東京書籍の公民は、従来通り、天皇の国事行為について説明した後、
「また、天皇は、国事行為以外にも、国際親善のための外国訪問や、式典への参加、被災地の訪問など、
法的、政治的な権限の行使に当たらない範囲で、公的な活動を行っています」と付け加え、
東日本大震災の被災地を訪問される両陛下の写真を掲載した。
編集担当者は「現場の先生から、生徒たちが被災地ご訪問なども国事行為と勘違いしているとの指摘を受け、
国事行為といわゆる公的行為の区別ができるように記述した」と説明する。
日本文教出版も「儀式への臨席や外国への親善訪問などの社交も行います」と記述し、
東日本大震災の被災者をいたわられる両陛下の写真を掲載。
編集担当者は「ニュースで生徒たちの目に触れる機会が増えているため、
これまでのような淡々とした記述では分かりにくい」と話す。
教育出版は本文に加え、コラムでも「皇室と人々との交流」と題し、
天皇、皇后両陛下が「こどもの日」の児童施設ご訪問と敬老の日の高齢者施設ご訪問を平成4年以降、
毎年続けられてきたことを紹介した。
http://www.sankei.com/life/news/150406/lif1504060039-n1.html

両陛下パラオご訪問

宮内庁HPより

平成27年4月8日(水)
パラオご訪問ご出発に当たっての天皇陛下のおことば(東京国際空港)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/speech/speech-h27e-palau.html#AIRPORT

本年は戦後70年に当たります。先の戦争では,太平洋の各地においても激しい戦闘が行われ,
数知れぬ人命が失われました。祖国を守るべく戦地に赴き,帰らぬ身となった人々のことが深く偲(しの)ばれます。
私どもはこの節目の年に当たり,戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ,パラオ共和国を訪問いたします。
パラオ共和国は,ミクロネシア連邦,マーシャル諸島共和国と共に,第一次世界大戦まではドイツの植民地でしたが,
戦後,ヴェルサイユ条約及び国際連盟の決定により,我が国の委任統治の下に置かれました。
そしてパラオには南洋庁が置かれ,我が国から多くの人々が移住し,
昭和10年頃には,島民の数より多い5万人を超える人々が,これらの島々に住むようになりました。
終戦の前年には,これらの地域で激しい戦闘が行われ,幾つもの島で日本軍が玉砕しました。
この度訪れるペリリュー島もその一つで,この戦いにおいて日本軍は約1万人,
米軍は約1,700人の戦死者を出しています。
太平洋に浮かぶ美しい島々で,このような悲しい歴史があったことを,私どもは決して忘れてはならないと思います。
この度のパラオ共和国訪問が,両国間にこれまで築かれてきた友好協力関係の,
更なる発展に寄与することを念願しています。私どもは,この機会に,
この地域で亡くなった日米の死者を追悼するとともに,パラオ国の人々が,厳しい戦禍を体験したにもかかわらず,
戦後に,慰霊碑や墓地の清掃,遺骨の収集などに尽力されてきたことに対し,
大統領閣下始めパラオ国民に,心から謝意を表したいと思っております。
この訪問に際し,ミクロネシア連邦及びマーシャル諸島共和国の大統領御夫妻が
私どものパラオ国訪問に合わせて御来島になり,パラオ国大統領御夫妻と共に,
ペリリュー島にも同行してくださることを深く感謝しております。
終わりに,この訪問の実現に向け,関係者の尽力を得たことに対し,深く感謝の意を表します。



2015.4.8 19:06更新
【陛下パラオご訪問】
「訪問実現に感謝」十年来の宿願かなえられるご覚悟
http://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080032-n1.html

戦後70年での戦没者慰霊のため、パラオ共和国を8日に訪問された天皇、皇后両陛下。
天皇陛下は出発前、「この訪問の実現に向け、関係者の尽力を得たことに対し、
深く感謝の意を表します」と述べられた。
このお言葉には、厳しい条件を受け入れつつ十年来の宿願をかなえられることへの覚悟が込められている。
戦後50年の平成7年に長崎、広島、沖縄、東京・下町をめぐる「慰霊の旅」を果たした後、
陛下は側近に「今度は南洋に慰霊に行きたい」と相談された。
慰霊の旅を終えた感想の中でも「遠い異郷」との言葉で、海外での戦没者や遺族への強い思いを示された。
南洋の地として、日本の委任統治領だったパラオ、ミクロネシア連邦、
マーシャル諸島共和国の3カ国が検討されたが、移動手段の問題などで断念。
両陛下は平成17年6月、米自治領サイパン島で初めて海外での慰霊を果たされた。
ただ、宮内庁幹部は「サイパンで海外での慰霊を済まされたということはない。
両陛下のお気持ちに終点はない」という。別の側近も「パラオを含む南洋への慰霊のお気持ちは
この10年の間、弱まることがなかった」と打ち明ける。
1月にパラオご訪問が正式決定すると、防衛省や厚生労働省の担当者から
戦禍や遺骨収集の現状について改めて説明を受けられた。
出発前のお言葉では「美しい島々」と「悲しい歴史」を対比、戦争の悲惨さを忘れないよう訴えられた。
さらに、米国側の戦没者にも思いを寄せるとともに、パラオの人々が日本の遺族に代わり、
慰霊碑の清掃や遺骨収集に尽力してくれたことにも謝意を伝えられた。
移動の問題をクリアするため、異例の宿泊先として海上保安庁の巡視船を活用することも
「関係者の尽力」に含まれるだろう。
「一度口にされたことは、必ず実行される。パラオご訪問は、両陛下のお姿そのものだ」。側近の一人はこう強調した。


日記(4/12)

その辺の桜がきれいだ。
去年の4月下旬に引っ越ししたので
このあたりの桜は初めて。



一パックの中に、紙が重なってこんなにいっぱい入っていた。
tamago

びっくり。
機械でぽんぽんと乗せているのかな?
そうだとしたら機械の不具合か
手作業だとしたら4月だから新人さんの仕業か?

年齢確認

コンビニでお酒を買うことはほとんどないけど
割引券が手に入ったので、セブンイレブンでお酒を買った。
年齢確認は誰でもしなきゃならないんだね。
微妙な年齢の人に対してだけだと思っていたのに。
どう見たって、とっくに二十歳を超えているオバサン←(私)も確認ボタンを押すように指示された。
めんどくさ。

日記(4/18)

今週、私にしては珍しく二回も、夕飯を友達と外で食べた。
脂っこい物があまり食べられなくなったし、酒もあまり飲めなくなった。
今日も胃が重たい。

伊勢神宮参拝(6回目)

今週、また伊勢神宮に行って来た。
平日に、有休を取って。
3年ぶり、6回目の参拝。

行きの東海道新幹線にストールを忘れたこと以外のトラブルもなく
お天気にも恵まれ、行程も順調で良かった。

最初に二見へ
夫婦岩
快晴で、日傘を持っていけばよかったと思った。

その後はいつも通り、外宮、月讀宮
2日目に内宮、おかげ横丁
おはらい通の入口には、以前のように猫が数匹いた。(でも代はかわっていたかもしれない)


以前、バスが伊勢市駅のロータリーに回ってくれればいいのに、ということを書いた記憶があるけど
今回はそうなっていた。
おそらく一昨年の遷宮のあたりからそうなったのかな?
伊勢市駅から外宮への道沿いにも新しいお土産さんなどのお店ができていた。
平日だったせいか、混雑もなく、参拝も乗り物も買い物もスムーズだった。
でも、前に平日に行った時は、もっと賑わっていたような記憶もある。
遷宮が終わり、落ち着いた頃合いだったからだろうか。

内宮内を三周したりして、今回もめいっぱい歩いた。
気のせい、本当に微々たる気のせいかもしれないけど
以前に行った時の、遷宮前の「気」のほうが良かったような気がしないでもない。
でも、私の方の内面的穢れが酷くてそう感じたのかもしれないし、
たまたま、その日だけのものだったのかもしれないし、
なんだかよく分からない。

でも行って良かった。
また行きたい。

日記(4/26)

今日も良い天気だった。
布団を干したり、冬物の布団カバーを洗ったりした。
遠出をした疲れが今頃どっと出た。
しかも風邪気味で喉も痛い。
もうすぐゴールデンウイークだし、先週は有休を使ったし
体調不良で休むということは避けたい。
どうか、酷くなりませんように。


一週間ほど前からまた差し歯がゆらゆらし始め、昨日ようやく歯科へ行って付けてもらった。
引越してから行く初めての歯科で、すぐ近く。
治したいところだけ、治したくても
いろいろと見つけ出して治療を勧めてくる歯科は多いが
昨日行ったところは、差し歯が緩んだ理由を説明してくれた以外は
特にいろいろ調べることもなく、付け直してくれただけ。
よく診てくれるところの方が「良い歯科」なのかもしれないが
私にとってはめんどくさくないほうがいい。
本当は伊勢に行く前に補強しておきたかったが、時間がなかった。
差し歯が不安定だったため、ういろうとか餅とかいろいろ我慢した。

日記(4/29)

旧天長節
昭和の日
小さいけど、国旗を買ったので掲揚。

風邪はいくらか良くなったかな、という程度。
ピークは過ぎた。
頭痛はとれた。
今の時期にしては気温が高いので急に寒さが戻ったりしたら、
たちまちもっと具合が悪くなりそうなので用心する。


曼荼羅ぬり絵

4月28日
s150428

心を癒すマンダラめり絵 監修鈴木智子 竹書房
カテゴリ
月別アーカイブ
ブログ内検索
メッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

書き主

おおやしまねこ