日記(8/3)

暑い。
暑さは苦手だけど、寒さよりはいい。
寒いと家事―特に掃除を怠りがちになるが、暑いと掃除や洗濯はちっとも苦にならない。
アイロンかけは苦行だが。
以前は寒い方が動くことが苦にならなかったが
今は寒いと丸まって動けない。

エアコンは昨日、今日と使っている。
今の部屋に引っ越してからはエアコンの取扱説明書がない。
前の部屋には入居した時に(おそらく)新品のエアコンがついていて
取扱説明書もちゃんとあった。丁寧に扱って、引越したときも、
最初のビニール袋に入った状態で置いてきた。
今の部屋のエアコンには取扱説明書がなく、基本操作はわかるものの、
沢山あるボタンの操作やフィルターの外し方など全ては把握していない。
インターネットでダウンロードできないか調べてみたけど
型が古くて、もう製造していなくて、取扱説明書もないようだ。
同じように探している人もネット上で発見した。
とりあえず、その人が質問しているサイトで「アンペアボタン」については理解できた。
エコモードのようなものかと思っていたけど、エコモードボタンは他にあるので何に使うのか不思議だった。
冷房については、私はゆるい運転の方か好きなので
今日からアンペアボタンを使っている。

引越 その15

引越してガス料金が、引越前の半額~6割ほどになったことは前に書いた。
持っている電化製品はそのままなので、電気料金はアンペア変更後は前年同月とほぼ同じ。

水道は使用量がやや増えたので引越前よりは料金が多くかかっている。
水道の使用量が増えたのは洗濯を前よりも気軽に頻繁にしているから。
前は週2回だった。
洗濯機置き場(防水バン)がなくて、洗濯機をキャスター付きの台の上に乗せ
洗濯する度にいちいち動かしていた。水栓もお風呂場からホースをその都度つないでいた。
大した手間ではないような気もするけど、面倒だった。
洗濯後も洗濯機のホースの中の水を完全にとることが面倒だった。
今は専用の水栓があり、防水バンもある。
いつでも思いついたときに洗濯している。
さすがに毎日するのはもったいないので毎日ではないが週に3~4回。
浴槽もやや大きくなったのでそれも水道使用量が多くなった原因かもしれない。
それに水の出の勢いがやたらと良い。
でも、なにか工夫して節水を心がけていきたいと思っている。


引越をするときに何を重要視するかは人それぞれだと思うが
現在の不便さを解消したいと、多くの人は思うだろう。
前の前のところは浴室が広く、洗濯機が浴室内に置けたので
洗濯機置き場のことはそれほど重要ではなく、
セキュリティがきちんとしていること、
大家さんが同じ敷地内にいないこと(かなり鬱陶しかったので)を条件の中心にしていた。
実際に住んでみて、その2つはクリアしていたものの
あまりに収納が狭く、洗濯機置き場もなくうんざりした。
今回はセキュリティに関してはいまひとつ?(鍵とかドアとか)だが
それ以外の上記のことについてはすべてクリアしている。
今のところ、まずまず快適と言えると思う。



朝日新聞 慰安婦問題

朝日新聞、慰安婦問題で一部反省 吉田証言「虚偽と判断し記事取り消します」
2014.8.5 10:23 [「慰安婦」問題]
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140805/plc14080510230007-n1.htm

朝日新聞は5日付朝刊1面と16~17面で慰安婦問題の特集を組んだ。
1面記事では「私たちは元慰安婦の証言や数少ない資料をもとに記事を書き続けました。
そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことが分かりました。
問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、
裏付け取材が不十分だった点は反省します」と書き、これまでの慰安婦報道での誤報を一部認めた。

朝日が16回も取り上げた自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、
吉田清治氏の「慰安婦を強制連行した」との証言については「虚偽だと判断し、記事を取り消します」とした。

また、もともと関係のない慰安婦と工場などに動員された女子挺身隊とを
繰り返し混同した記事を掲載したことに関しては、
「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも
慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と間違いを認めた。

一方、元韓国人慰安婦、金学順氏の証言記事で、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行」などと
実際の金氏の経験と異なる内容を書き、慰安婦問題に火をつけた植村隆記者(今年3月退社)に関しては
「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と擁護した。

日記(8/9)

今日は涼しかった。
おかげで掃除が捗った。

お盆に故人が帰ってくるのは13日だというけれど
それより少し前に気配?を感じる。
ご先祖様全般ではなく父限定。
一昨年は11日に私のところに立ち寄った気がする。
今年は今朝方?
気のせい、気のせい。

去年は―
8月初めに母と姉と三人で母方の親戚の家と母方のお墓参りに行った。
遠方で新幹線を乗り継ぎ、駅からも遠いのでタクシーに乗り、片道で半日以上かかる。
でも三人での旅は姉の結婚後は初めてなので楽しかった。
タクシーの中で、たぶん父も一緒に来ているはず…という話になり
姉は父にもらった何か(忘れた)を持ってきたといい、
母は一緒に出掛けた時に買ったというお守りを鞄につけてきた。
私は自信たっぷりに「私なんてお父さんを肩に乗せてきたよ」って(※本気)言うと
タクシーの運転手さんも含め、みんな若干ひいていた。
でもほんとに一緒に行ったんだけどなあ。
だから去年は来たというより、呼んだという感じで
何日に来たかよく分からない。
13日に迎え火を焚いたときも来たような気がしたので
呼んで一旦戻ってまた13日に来たのかも。

さらにそれより前だが、
父が亡くなり、50日間神社参りができない時期が明けた後、伊勢神宮に行ってきた。
その時も、父も一緒にと心の中で思っていた。
泊まったホテルの部屋の窓から、父と同じ名前のビルの看板が正面に見えた。
偶々だろうけど、びっくりした。

夢2014年8月

ガチャピン
普通の色のガチャピンと黒いガチャピンがいる
普通の緑のは1匹(数詞が適切かどうかわからないが)
黒いのは数匹
全体的に黒く、おなかの部分は赤と白の縞

(ねじりほんにょってムックの色違いだね、という話を家族としたせいで見た夢か?)

-----------------------
見知らぬ町並み
角に文房具店
凝った店内 配置 おもしろい
店主の趣味?
ノート?を探すが、目的のものはない
私はリュックをしょっている
山門のような出口
~~~
買い物
車で
実家
駐車スペースが広い

-----------------------
バスを待つ
バスからの見通しが悪い停留所でバスが通り過ぎる
少し離れた所(ロータリーのような場所)に止まる
バスに乗ろうと急いで歩く
他にもバスに乗ろうと走ってくる人がいる
バスは待ってくれる雰囲気
163614

-----------------------
円形の建物 旅館?
友達2~3人と出かける
3Fに泊まる
すぐ下の部屋も私が別名で予約している(かも)
3Fは広々とした空間だが
1Fは細かく区切られソファーやサイドボードがあり普通の家風
大浴場
1Fから2Fへのスロープの通路にさまざまな食べ物が用意されたテーブルが並んでいる
ビュッフェ風 何かのイベント?

-----------------------
職場のテスト
間違い13か所?
なぜか筆記問題
最初と最後が理解できていないらしい?
上司と話す
そんなはずはないと思う
~~~
ねこのスリッパ⇔トイレのスリッパ

-----------------------
小麦粉が入った袋が積み上げられている
その山を登る

-----------------------
甥や姪が遊びに来る
お盆には帰らないとか言っている

-----------------------
実家
ヘリコプターが上空でなにかを狙っている
食べ物?
その後、ヘリコプターから降りてきた生き物たちが
パンケーキにクリームチーズをのせたような食べ物がおいしいといって
その食べ物を推奨

-----------------------
実家
両親
甥や姪(まだ小さい)

-----------------------
どこかの会社
3日間?働く?
仕事を教わる
お昼 大学の教室のような段々の座席の部屋
ごみを片づける

お盆

以前に「逝きし世の面影」という本について書いたことがあるけれど
それを先日読み返してみて、お盆についての記述があり、
大いに共感するところがあったので

==============

逝きし世の面影 渡辺京二 平凡社ライブラリー
P547-549
第十三章 信仰と祭


杉本鉞子が回想する長岡藩元家老稲垣家の盆行事を見ると、武士の「無神論」なるものが
事実の一面しか伝えていないことがよく理解される。
彼女の回想は、古き日本人にとって盆がいかに厳粛かつ生命にみちた行事であったか
実感するための最高の手引きといってよかろう。それは彼女の数え年七、八歳頃、
つまり明治十二、三年の経験であった。
数日前から準備が始まる。庭木、生垣を刈り整え、庭石を洗い床下まで掃ききよめる。
畳もあげて掃除し、天井板、桟、柱、欄間など、すべてお湯で雑巾がかけられる。
「家中は屋根の上から床下まできよめられる」のである。
仏壇は行事の中心である。当日、爺やは夜があけぬうち蓮池へ降りてゆく。
これは朝日のさし初める光とともに花が開くからである。
仏壇には茄子や胡瓜で作った牛馬が供えられ、蓮の葉に野菜が盛られる。
女中が「盆燈籠を高々と掲げ」る。火を灯すと、中の切り紙が小鳥の群れが羽ばたくように
揺れ動く。「どこの子供も同じことで、私もご先祖さまをお迎えするのは何となく
心うれしく感じておりましたが、父の亡くなりました後は、身にしみて感慨もふかく、
家族一同仏前に集いますと、心もときめくのを覚えるのでありました」。
お精霊さまは死の国から白馬に跨って来るといい伝えられていた。
黄昏には一家揃って大門のところで、二列に分かれて精霊を待つ。
召使にいたるまで全員新調の着物を着てこうべを垂れる。
「街中が暗く静まりかえり、門毎に焚く迎え火ばかり、小さくあかあかと燃えておりました。
低く頭をたれていますと、まちわびていた父の魂が身に迫るのを覚え、
遥か彼方から、蹄の音がきこえて、白馬が近づいてくるのが判るようでございました」。
迎え火が消えると仏前へ戻り、「なつかしい客を迎えた喜び」に包まれながらぬかずく。
「それからつづく二日は町中がお燈籠で満ち満ちていました。……家の中は心愉しい空気に
満たされ、わがままな業をする者もなく、笑いさえ嬉しげでした。それも、皆が
新調の着物を着、お互いに作法正しく、お精進料理を頂いて楽しみあうことを
ご先祖さまも喜んでいて下さると思うからでごさいます」。
精霊が家を去る日は「いいがたい別れの悲しさが胸に迫」った。
精霊舟を作って、夜の明けぬうち川べりへ行く。「鳥の鳴く声のほか、辺りの静けさを
破るものはありませんでした。すると、突如として朝日の光が山の端から射し出ました。
待ちかまえていた人々の手は一斉に蓆舟をはなちました。……朝日はいよいよ光をまし、
山の端をのぼりきる頃、川辺に頭をたれた人々の口からは静かに深い呟きが
おこるのでございます。『さようなら、お精霊さま、また来年も御出なさいませ。
おまち申しております』。……母も私も、浄福とでも名附けたい、穏やかさを
胸に湛えて川辺を立去りました」。
これは宗教の原始的段階を示すとされる先祖崇拝の一例にすぎぬのだろうか。
なるほど先祖は崇敬されているに違いないが、ここに提示されているのは
むしろ魂の永生への確信であろう。なによりも痛切に覚知されているのは、
現世を超えつつしかもそれと浸透しあう霊の世界の存在である。それと年一度の接触は、
宗教の枢軸しもいうべき救済をもたらす。鉞子は書いている。
「お盆を迎えて以来、にこやかに見えた母の面には、父を見送った後も、
以前のような憂わしげな色は戻って参りませんでした。それをみるにつけましても、
父は、私共のところへ参って慰め、また舟出された今も、私共に平和をのこして
くださったのだと、しみじみ感じさせられたことでした」。
しかしこのような魂の救済は、前に見たような、厳格に儀礼化された行事の
手続きを踏んでこそもたらされたのだった。


==============

ここまできちんとしてはいないが
掃除をして、盆棚を作って、回る燈籠をだして、迎え火を焚いて…
という故人を迎える準備と、帰ってきてくれるということそのものが
父が亡くなってからは、お盆は厳粛さのなかにも喜びとなった。

母は「もうそろそろ簡略化してもいいんじゃない?」などと言っている。
こういうしきたりとか風習とかにうるさかったのは父で、昔はそれがとても面倒に感じたのも事実。
お盆期間中、何日は何を食べる、お土産餅(故人が向こうに背負って帰る)を用意するとか
終戦の日ははっと(すいとん)だとか、16日はお精進だとか…
当時、うちには仏様はいなかった。父方実家は近所だったから
祖父母があちらから帰って来る途中に立ち寄るかも…位の感覚。
隣家では親戚が集まってバーベ―キューをやっていたりするのに…と不満だったこともある。

うるさい人がいなくなったのに、迎え火のやり方までうるさく仕切る私と、
お精進を頑なに守る姉(牛乳をうっかり口にした夫をなじっている)
血だねえと母は笑いながらも少々うんざりしている様子。
叔父(父の弟)も私の父の後に亡くなったが
やはりうちと同じ状態だと、叔母が言っていた。
父も叔父も本家のやり方を踏襲していて、母も叔母も黙って従っていた。
ようやく解放されたと思ったら、子供が口うるさくなってしまったと。

そうはいっても、食べ物に関してはあまり守らなくなってきている。
父が健在の頃から、だんだんとゆるくなっていった。
「昔は違った」「本当は駄目なんだけど」という注釈つきで。
姪や甥も大きくなり、家族が全員集まるのがお盆とお正月なので(若者的)ごちそうを出したくなる。
肉も魚も、ネギ、ニラ、ニンニク、ラッキョウ等も(五葷だか五蒜禁止だったがもうひとつが思い出せない…)
普通に食べ、お精進は16日の朝だけ。


でも、盆棚や迎え火をやめる気にはなれない。
やはり、「帰ってきてくれた」ことは明確に感じるし、それが喜びでもあるので。

私が向こうへいく頃にはうちでも盆行事は廃れているかもしれないし
子孫もいないので心から迎えてくれる人もいないだろう。
でも私もこっちに帰って来なければならない理由は特になさそうな気もする。
死者の為の行事なのか、遺された者の為の行事なのか
曖昧なところもあるので、双方が必要としないのならば、無くてもいいのかもしれない。

とりあえず父が私を迎えに来てくれるまでは
出来る範囲でお盆行事は続けたい。

夕焼け空 二重丸の虹 仙台

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201408/20140813_13027.html
夕焼け空に架かった二重の虹=12日午後6時25分ごろ、仙台市若林区中倉から東の方角を撮影
20140813010je.jpg

 仙台市中心部で12日、夕焼けに染まった上空に二重で架かる虹が目撃された。
内側を主虹、外側を副虹と呼び、仙台管区気象台によると珍しい現象という。
 12日の仙台市内は時折、雨の降る空模様となった。気象台によると、太陽が沈む西の空で雲が薄くなり、
虹が発生しやすい大気の状態になったとみられる。
 13日の県内は高気圧に覆われて、おおむね晴れる見込み。
仙台、大崎市古川、白石では日中の最高気温が31度まで上がるとみられる。
2014年08月13日水曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201408/20140813_13027.html





本当に見事な虹だった。
私も帰り道に偶々見ることができた。
携帯のカメラで撮ったので虹のほんの一部分だけ。
140812_1826~01

戦没者追悼式の首相式辞

「平和への誓い新たにする日」 安倍首相の式辞全文
2014.8.15 13:38
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140815/plc14081513380029-n1.htm
 安倍晋三首相の式辞全文は次の通り。
 天皇、皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者のご遺族、各界代表、多数のご列席を得て、
全国戦没者追悼式を、ここに挙行致します。
 祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に倒れられたみ霊、戦禍に遭われ、
あるいは戦後、遠い異郷に亡くなられたみ霊、いまその御前にあって、み霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。
 戦没者の皆さまの、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。
そのことを、片時たりとも忘れません。
 いまだ、ふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも、決して忘れません。
過日、パプアニューギニアにて、ジャングルで命を落とされ、
海原に散った12万を超える方々を思い、手を合わせてまいりました。
 いまは、来し方を思い、しばし瞑目し、静かに頭を垂れたいと思います。
 日本の野山を、せみ時雨が包んでいます。69年前もそうだったのでしょう。
歳月がいかに流れても、私たちには、変えてはならない道があります。
 今日は、その、平和への誓いを新たにする日です。
 私たちは、歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻みながら、
今を生きる世代、そして、明日を生きる世代のために、国の未来を切り開いてまいります。
世界の恒久平和に、能うる限り貢献し、万人が、心豊かに暮らせる世の中の実現に、全力を尽くしてまいります。
 終わりにいま一度、戦没者のみ霊に永久の安らぎと、ご遺族の皆さまには、
ご多幸を、心よりお祈りし、式辞と致します。




村山氏以降の「反省」、今年も踏襲せず 戦没者追悼式の首相式辞
2014.8.15 19:59
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140815/plc14081519590039-n1.htm

 安倍晋三首相は15日の全国戦没者追悼式の式辞で、
近年の歴代首相が使用してきたアジア諸国の人々に
損害と苦痛を与えたとする「反省」を昨年に続いて踏襲しなかった。
一方、新たに平和重視のフレーズを盛り込み、未来志向で世界の恒久平和に貢献する姿勢を訴えた。
 首相は、集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し「軍拡につながる」などと
歪曲(わいきょく)した指摘が多いことを踏まえ、「私たちには変えてはならない道がある。
今日はその平和への誓いを新たにする日だ」と平和路線を強調。
7月にパプアニューギニアで先の大戦の激戦地を慰霊に訪れたことにも触れ、
「いまだふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも決して忘れない」と戦没者の遺骨収集に意欲を示した。
 歴史認識については「歴史に謙虚に向き合い、教訓を深く胸に刻みながら、
今・明日を生きる世代のために国の未来を切り拓(ひら)く」と昨年とほぼ同じ表現を使用、
「不戦の誓い」という言葉を使わなかったのも昨年と同様だった。
政府高官は「追悼式は国内向けの式典だ」と述べ、反発を強める中国や韓国への配慮は不要だとした。
 首相の式辞をめぐっては平成5年に細川護煕(もりひろ)氏が
初めて近隣諸国の犠牲者に「哀悼の意」を表明。
6年の村山富市氏以降はアジア諸国への加害責任と「深い反省」にも言及していた。
 一方、伊吹文明衆院議長は追悼の辞で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で
軍事的圧力を強める中国などを念頭に「わが国を取り巻く国際環境も目まぐるしく変化し、
力による現状変更の現実は予断を許さない状況だ」と述べた。

日記(8/24)

お盆に一旦涼しくなり、このまま涼しくなるのかと思っていたが
涼しかったのはお盆だけだった。
それでも、週間天気予報によると
もう2、3日中には一気に涼しくなりそう。
暑いのは苦手だが、夏も終わるのかと思うと気持ちが少し沈む。

今、雷が鳴っているが、一昨日の雷もすごかった。
丁度帰りの時間で、稲光が凄まじかった。

土日は久しぶりに近くのスーパーにも行かず、籠って過ごした。
お盆休み明けの一週間は長く、しんどかった。
実家から夏野菜をたくさんもらったので有難く食べている。
また明日から、仕事に行かなければならないのかと思うと憂鬱。
でも、辞めたら次がなかなか見つからない、決まらないということはよく分かっているので辞められない。
せめて、9月から某馬鹿とお昼時間が別になるといいな…。

日記(8/27)

昨日、今日と肌寒い。
涼しいのを通り越している。
日没も着々と早くなっている。
近くの学校も今週から新学期が始まったようだ。
今くらいの気温は過ごしやすいけれど、夏の終わりは寂しい。


日記(8/31)

今日で8月も終わり。
夏休みというものはもうないけど、夏休みが終わるような寂しい気分。

毛先と前髪だけカットしに行ってきた。
初めての店。
□静かに過ごしたいにチェックをつけてネット予約。
チェックをつけてもつけなくても、しつこく職務質問をしてくる店もあれば
必要なことだけしか話さない店もある。
今回は後者だったが、必要なことすら話さなかった。
大抵、どれくらいの間隔でカットするのか?とか(それによって長く持つデザインを工夫してくれたりする)
どこで分けるのか?とか一切なし。
カルテみたいなものの記入もなし。
まあ、住所等を書くのは嫌だし、出来上がりも失敗ではなかったし
今回は大きくスタイル変えたいわけでもなかったので、それで良かった。

やっぱり

「ハローキティ」は猫じゃない? 米報道に反響広がる
2014/8/30 11:05
世界中で愛されるサンリオの人気キャラクター「ハローキティ」は猫ではなかった――。
米ハワイ大の教授の話をもとに、28日までにロサンゼルス・タイムズ紙が報じたサンリオの見解が
欧米メディアで大きく取り上げられ、反響が広がっている。
キティについての著書もある文化人類学者のクリスティン・ヤノ氏が、
キティの誕生40周年を記念して10月にロサンゼルスで開かれる展示会のための原稿で、
キティを「猫」と書いたところ、サンリオから「猫ではない」と指摘されたという。
同紙によると、サンリオは「彼女は猫ではなく女の子。
二足歩行もするし、彼女自身が『チャーミー・キティ』という名の猫を飼っている」などと説明した。
サンリオのホームページはキティを「ハートのやさしい女の子」としている。
この騒動を受け、米国の漫画の人気キャラクター「スヌーピー」の公式ツイッターは
「スヌーピーは確かに犬である」とつぶやいている。(ロサンゼルス=共同)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG2900Y_Q4A830C1CR0000/


J-CASTニュース
ハローキティ「猫ではない」が世界中に衝撃 
サンリオ「2本足で歩く、猫をモチーフにしたキャラクター」
「ハローキティは猫ではない」――。
ロサンゼルスタイムが2014年8月26日にこう報じ、多くの人に衝撃が走った。
J-CASTニュースがサンリオの広報部に確かめると、報道は事実で、
「ハローキティは猫をモチーフにしたキャラクターだ」と語った。実は40年前からの設定だった。
ロサンゼルスタイムの記事は、ハローキティを研究しているハワイ大学の人類学者クリスティン・ヤノ氏が
サンリオに聞いた話だとして、「ハローキティは猫ではない」と明らかにした。
ヤノ氏によると、「彼女はアニメのキャラクターで小さな女の子」と言うのだ。
記事はまたたく間に拡散され、ツイッターで「Hello Kitty」はトレンドワードとなった。
ワシントンポストや人民日報でも紹介されるなど、世界中で取り上げられた。
ハローキティは猫ではなかったのか。サンリオの広報部によると、
「猫をモチーフに100%擬人化したキャラクター」だそうで、「猫ではありません」と明言した。
「アニメやピューロランドで話したり、歌ったりしているように、猫ではなく2本の足で歩くキャラクターです」
また、「猫ではない」ことは今まで隠されていた事実というわけではなく、
「今年で誕生40周年を迎えますが、ハローキティが誕生した当時からの設定です」と語る。
公式ホームページの説明を見ると「明るくて、優しい女のコ。
クッキーを作ったり、ピアノをひくのが大好きで、夢はピアニストか、詩人になること」と書いてある。
「キャラクターの世界なので、自由に楽しんで」
ロサンゼルスタイムの記事が話題を集めたことは、
「海外のファンには細かな設定が知られていなかったのでは」(同広報)と見ている。
実際に日本からのツイートを見ると、「猫じゃないの知ってたよ」「知らなかったの?」
「当たり前のことだと思ってたんだけど」という書き込みも散見される。
どうやら熱心なキティラーにとってはおなじみの事実だったようだ。
サンリオにはほかにも動物や妖精の見た目をした、たくさんのキャラクターがいる。
ハローキティのペット「チャーミーキティ」は猫、キキ&ララこと「リトルツインシスターズ」は星の子どもで、
動物や人間であるかの設定はキャラクターによってまちまちだそうだ。
サンリオ広報は「キャラクターの世界なので、自由に楽しんでもらいたいです」と語っている。
2014/8/29 12:53
http://www.j-cast.com/2014/08/29214403.html


やっぱりね。
前々からそうじゃないかと思っていた。
だって猫は好きなのに、キティはそんなに好きではないから。
猫の習性が全く見られないし。

いつも正面向きじゃなく、たまには横顔も見たいよキティ。


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