御真影に並ぶお写真

年末年始は帰省してのんびり過ごした。
今年は休みが長くて良かった。
でも、もうおしまい。

ブログも大分長く休んでしまった。
休み中、特に何をしたということもないので書くこともない。
いつも通りのおだやかなお正月。
でも、家族が皆健康で無事だからこそ、普通にお正月を迎えられたのだから
その点については有り難いことだと思う。

+ + + + +

父方本家には明治天皇から現在の両陛下の御真影(写真または肖像画)が、
本家ご先祖様の写真より一段上に飾られている。
お正月に訪問したら、もう一枚写真が増えていた。
それは去年の地震の後、お見舞いに来てくださった時の秋篠宮両殿下のお写真。
もちろん、御真影とは違う。
一般人も写っていて両殿下をお迎えしている写真。
それでも、御真影と同列に大切に飾られていた。
聞いてみると、近所でも同じように大きくして飾っている家もあるとか。
去年の両殿下のお見舞いには喜ぶ人が多かった。
有り難い、有り難いという気持ちで、歴代の御真影とともに両殿下のお写真を飾っているのだということだった。

私の田舎の人は今でも「長男」を一番大切にすることが多い。
だから、徳仁さんを「長男だから」という理由だけで「ご立派だ、ご立派だ」と根拠もなく持ち上げる人が多かった。
それに比べて「次男は気楽で、しかもひげなんかたてて・・」と批判する人も
確かにいたが、あの地震後のお見舞いであきらかに評価が逆転した感がある。
お嫁さんの評価は以前も今も、秋篠宮妃殿下のほうが上。
(もう一方の、実家べったり、婚家になじまない、外国好きは 農村部や旧い家ではとうてい受け入れられない所業)


あの写真の並びのように皇位が継承されるといいのだが。

日記(1/5)

今日からいつもの日々に戻ったが
まだ頭の中や身体は休日モード
早く元に戻さなければ。

あまり使っていない通帳のキャッシュカードを去年、うっかり捨ててしまった。
なぜかいらないものだという勘違いをしていた。
今日、ようやく手続き完了。
再発行に1050円かかった。

帰省中はお正月ということもあって
きちんとしたものばかり食べていた。
そんな日が続くと、なんだかカップ麺を食べたくなる。

+ + + + +

帰省は、まずまず
自分の部屋(元々の自分の部屋でなく泊まり用部屋)に
デジタルTVがついていたので、のんびりと部屋に籠もっていた。
地震後の修理→部屋の改装で居間は
母曰く「(若い者に)乗っ取られた」ということで
私と母(父は早寝)チーム、姉一家チームと別れて紅白を観た。
こんなことは初めて。
世代的には姉一家と近くても、姉一家に自分だけまじって過ごすのは嫌だし。
両親がいなくなれば、お正月を実家で過ごすこともなくなりそうな気がする。

12月28日、親戚宅に貸していた高砂の掛け軸をなかなか返さないので
母の厳命の元、姉が取り返しに行くというちょっとした事件発生
(親戚は箱を無くした上に、ガタガタ騒いだらしい)

紅白…一昨年よりはましだがつまらなかった。
母曰く
 ジェロはめんこい。
 フィナーレで石川さゆりが着ていた牛模様ドレスは
 天童よしみが着れば似合うだろう。
 森進一の「おふくろさん」は笑いなしには見ることができない。
 (騒動のせいではなくコロッケのせいだとのこと)
私もほぼ同感
それプラス
スピードは劣化した。
意外にきよし(氷川)がめんこかった。

天皇ご一家の新年を迎えての映像
なごやかで良い映像だった。
皇后陛下が悠仁親王殿下を抱っこしていた。
愛子さんは一心不乱に木のおもちゃで遊んでいた。

2009/1/1

皇后陛下と悠仁親王殿下


正論

MSN産経ニュース
【正論】天皇の20年 立命館大学教授 大坂大学名誉教授 加地伸行

一部引用
一方、皇室のありかたをわれわれ庶民の生活と同じように考え、マイホーム風に論じる派がいる。
だいたいが、皇室の尊厳と比べるならば、ミーハー的に東大卒だのハーバード大卒だのと言っても
それは吹けば飛ぶようなものである。まして外交などというのは、下々の者のする仕事である。
にもかかわらず、そのようなことを尊重するのが問題の解決となると主張するマイホーム人権派もまた
皇室を誤らせる。


陛下御不例(ごふれい)が伝聞される今日、皇太子殿下の責任-〈無〉の世界の自覚が重要である。
もしそれに耐えられないとすれば、残る道は潔(いさぎよ)い一つしかない。
『孝経』に曰(いわ)く「天子に争臣(そうしん)(諫言者)七人有れば…天下を失わず」と。

全文は
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090106/imp0901060314000-n1.htm

* * * * *

まさに「正論」
(実際には、かの妃は東大を「卒業」してはいないが)
〆の皇太子殿下の責任-〈無〉の世界の自覚が重要である。
もしそれに耐えられないとすれば、残る道は潔い一つしかない。…
ほんとうにその通り。

いつまでも「優秀な」マサコサマ「おかわいそうな」マサコサマ報道はいい加減にして欲しい。
最近は「こんなに遊んでいる」マサコサマ報道も増えてはいるが
本当はマサコさんは皇統の長い歴史の中ではゴミのようなもの。
問題は皇太子が皇位継承者としていささか自覚が足りないということ。
足りないが故に妻とその仲間達に操られているということ。
その背後が皇統までいじろうとしていたこと。
背後はマスコミや世論も操作できる力を持っていること。
皇太子とその妻は皇室廃止を願う人にとって格好の材料になるということ。

皇太子が潔い道を選べば、いっときは混乱するかもしれないが、それが一番よい。

七草

1月7日なので七草を食べた。
本来ならば朝、食べるものらしいが、朝は時間がないので夜食べた。
去年はレトルトで済ませたが、今年は七草はセットになったものを買い、お粥は自分で炊いた。

去年、七草をきざむときの歌として
「冥土のなんとか」だったような気がするが覚えていないと書いたが
先日のテレビで「唐土(とうど)の鳥」だったと知った。
テレビで紹介されていた歌は
「七草なずな唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先にせりこらたたき」 だった(と思う)が
子供の頃記憶を辿ってみると家では
「七草なずな唐土の鳥が渡らぬ先にどんどこどんどこ…」
大体こんな感じ↑だった
不正確かもしれないが擬音だった。
どんどこどんどこのところできざむ音をあわせていたと思う。

この歌はどれくらい前のものかはわからないが
唐土の鳥は疫神を表わすらしい。
唐土は特定の国ではなく外部ということらしい。

現代の感覚で、そのまま字面を読めば
唐土の鳥(中国の鳥)→鳥インフルエンザを連想してしまう。
また唐土(中国)から疫(災い)がやって来るとも。

無病息災を願って七草粥を食べるということだが
今日は、朝から体調がいまひとつ。
夕飯もお粥を茶碗にかさっと盛って食べただけなのに胃が痛い。

甘やかしすぎでは?

「派遣村」
年末年始からずっと「派遣村」のニュース
突然の解雇は気の毒だと思うし、非正規雇用の不安定さもわかるし
明日はわが身かもしれないという危機感もある。

でも…
ちょっと騒ぎすぎ、甘やかしすぎでは?

今日のニュースによると
「年越し派遣村」実行委員会は、旧小学校など都内4施設が12日に使用期限を迎えた後の宿泊場所を確保したと
発表した。16日までをめどに都内の旅館2カ所を借り上げるという

旅館?上げ膳据え膳?
そこまでする必要はあるの?
ニュースではないけど、ワイドショーでは
あの人たち(一部かもしれないけど)煙草を吸って、酒も飲んで
ハローワークの窓口で「この仕事はちょっと…」とか言ってたけど?

「年越し派遣村」実行委員会という組織もなにやら怪しげ。
政治臭がする。

それにホームレスは前からいる。
その人たちはこのような高待遇は受けていなかったのでは?

旅館借り上げは完全に実行委員会のお金でまかなうのか
税金が使われるのか。

そもそも、なぜ解雇即ホームレスなのか。
非正規雇用なら尚更、いざというときのために貯金をしていなかったのか。
会社の寮生活ならばそこそこ貯められたはずでは?

仕事の選り好みをしているという情報もあるけれど、
税金を使うならば使うでもいい、
但し貸付制にして後々回収するということにすればよい。
野放しにして治安が悪くなるのも困る。
小手先の住居確保よりもプレハブの仮設住宅でも建てて
職業訓練を受けさせて、就職支援をしたらいい。


とはいうものの
私も、気楽さを求めた上での非正規雇用。
失業保険を受給して税金のお世話になったこともある。
もし万が一同じような境遇になったなら
せめて、自己責任として始末をつけたいと思う。

車で人格豹変

車を運転すると人格が変わるという人は結構いるようだが
私は、どうやら助手席でも人格が変わるらしい。
変わるというより地の性格が出るということだと思う。

友人とちょっと出かけた。
助手席に乗せてもらった。
細いわき道から、中学生か高校生位の男の子数人が
自転車でものすごい勢いで飛び出してきた。
私は思わず
「あ゛ぶねえ!!気をつけろ!」と怒鳴っていた。
運転していた友人はしばらく運転ができないほど笑いころげていた。
普段の私からは想像できないような言葉遣いがツボに入ったとのこと。

私としては、普段取り繕っているつもりもないし
地を出したり、ひっこめたりを意識的にすることはない。
でも、地の言葉遣いにはもう少し気をつけようと思う。

日記(1/12)

ひさしぶりに長い距離を歩いた。
最近は寒いせいもあってあまり歩いていない。

近くのコンビニに文藝春秋を買いにいったが売り切れ。
近くの小さな本屋は祝日は休み。
いつも文藝春秋を扱っている近くのスーパーでも聞いてみたら
もともと冊数もあまり置いていないらしくて昨日売り切れたという。
少し足を伸ばして別のコンビニも売り切れ。

明日仕事帰りに街中の大きな書店に寄ろうかとも思ったが
あきらめきれないので、遠くの大きなスーパーへ行ってみた。
自転車を手放してからはほとんど行かなくなったので久しぶり。

そのスーパーでようやく買うことができた。
新聞下の広告で「秋篠宮が天皇になる日」を見たときから
是非読みたいと思っていた。

これまでの秋篠宮殿下の会見での発言、
天皇陛下がいかに秋篠宮殿下を頼りにされているか、
人柄、エピソード、等。
それと比較するような皇太子の発言。
淡々と書かれてはいたが、資質の差がはっきりとわかるような書き方だった。
もちろん、皇太子ではなく秋篠宮が次の天皇陛下に というような
ものではなく、皇位継承順位2位の秋篠宮殿下は素晴らしい、
また未来の天皇陛下のお父様としてもご立派だということが書かれていた。

他にも、「昭和天皇の最期」という記事もあり読み応えがあった。

* * * * *

長い休みの後、すぐの三連休ということで
明日からまたつらい。
なにより、寒くて朝起きるのがしんどい。





日記(1/14)

夕方、花火(合図の)があがっていると思っていたら
今日はどんと祭だった。
以前は15日が成人の日で必ず休みだったので
どんと祭にも行ったけど、もうしばらく行っていない。
前年のお札やお守りは初詣の時に納めている。

今朝は寒かった。
明日の日中も寒いらしい。

寒いと体温を上げるために、いつもよりエネルギーを消耗すると
テレビで誰かが言っていた。
そのせいか?このところ体重減少気味。
いつも冬は、特にお正月明けは41~42キロくらいはあるはずだが
今日計ってみたら、40キロあるかないか。
夏の体重よりはましだが、冬にしては足りない。
寒いとなんだか消化も悪いようで胃腸の調子もいまひとつ。
とにかくこれ以上、減らさないようにしなければ…



平成21年歌会始

ニュースの見出しは相変わらず雅子さん。
雅子さんの歌はいつも通りの自分の娘のこと。
その雅子さんは欠席。
皇室入りして15年、歌会始は出席7回欠席8回
とうとう欠席の方が多くなった。
雅子さんがいないのも歌が娘のことなのももう当たり前のようにまかり通っている。


秋篠宮妃殿下のお歌
地震(なゐ)うけし地域の人らの支へあひ生きる姿に励まされたり

被災地の方々は両殿下に来ていただいたということで、励まされ、喜んでいた。
(2009/1/4、2008/7/21の記事に書いた)
その上、この温かいまなざしが感じられるお歌を、また皆で喜んでいる。

昨年天皇陛下も
岩手・宮城内陸地震
災害に行方不明者の増しゆくを心痛みつつ北秋田に聞く
という歌をお詠みになり
皇后陛下もお誕生日の文書で
地震の被害を案じるお言葉を述べられていた。
(どちらも宮内庁ホームページでみることができる)

皇族方の慰問やお言葉は本当に力になる。
(言葉だけとか、移動するお金、警備のことで文句を言う人もいるが)

お正月に実家で読んできた広報誌には
「両陛下、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻からお見舞いや被災者へのご配慮をいただきました」
と書いてあった。

今日の歌会始は「体調に配慮」して欠席だという。
自分には配慮できるんだねえ。

※歌会始の歌会始の御製(ぎょせい)・御歌(みうた)・詠進歌 は
 宮内庁ホームページにあります。



寒い寒い

毎日寒い。
でも、今は寒中。
暦どおりのほうが、異常気象と言われるような気候よりは安心な気もする。

この冬もまた母から山忠商品をもらった。
今年はベスト
肩と腰が二重になっていて、それでいて軽くて暖かい。
母と姉と私、色違いのおそろい。
ベストを買うとおまけに手首ウォーマーがもらえるらしくて
それも母からもらった。
母は、山忠がすっかりお気に入りらしい。
でも、ベストのことを「つぬぎ」と言っている。
暮れに帰省したとき、「つぬぎ買ったんだけど着る?」と聞かれ
「え~つぬぎ?」(イメージ おばあちゃんのチョッキ)と言ったけど
見たら、襟付きのベストだった。
ところで、つぬぎというのは年配の人の言葉でも、方言でもないようだ。
誰にも通じない。調べてもでてこない。もちろん辞書にも見当たらない。
母独自の言葉なのかも。
で、さっそく着てみたら驚くほど軽いのにあったかい。
外で着るようなデザインではないので、実家用に置いておこうかと思ったが
あまりの暖かさに持って帰ってきた。
部屋着として重宝している。

山忠って母を通して知った会社だが、
同僚にもファンがいた。
そして、今朝、紙ゴミ回収場所に山忠のダンボールがあった。
結構有名な会社なのだろうか?

今日も寒かった。
背中にカイロを貼って出かけた。
帰宅してからは山忠の「つぬぎ」
おでんで晩酌
寒がりだし冷え性だけど、酒は絶対にひやがいい。

ヘアカラー

美容院に行ってきた。
目立ち始めている白髪を染めたかったし、
11月に行った美容院での酷いカットも直したかった。

今回の美容院は友達の紹介
でも、友達がいいと言っていた美容師さんはいなかったので
指名はせず、任せた。
今まで美容院や美容師で失敗したことが何度かあるので
どきどきしたけど、まあまあだった。

カウンセリングや説明は丁寧だった。
本当はフード付きのコートを着ても邪魔にならない位に短くしたかったけど
短くすると直線的になりすぎると言われあきらめた。
カラーは白髪隠しが目的。
地の髪の毛の色とほとんど変わらない色にしてもらった。
ただ、以前に縮毛矯正をしているため染まらないかもしれないという
事前の説明があった。
前回、ここに書いた、大はずれ美容院では
長さの希望を高飛車に拒否され、
ヘアカラーは予約時にも入店時にもお願いしたのに全くスルー
今回の美容院のようにあまり短くしないほうがいい理由と
染まらないかもしれないけど、いいですか?やってみますか?という
事前説明があるだけで大分印象が違う。

白髪は無事染まり、元々の髪の毛の色もほとんど変わらず
へんな前髪も直してもらい、全体の毛先も整えてもらい、
とはいうものの、すごく気に入ったというわけでもないのでまあまあ。

ヘアカラーどのくらい持つのだろうか?




煮豆に挑戦

今年、実家のおせちの煮豆は買った煮豆だった。
昨年、ささぎも黒豆も(畑で)作らなかった(豆ぶちが面倒)ということで
どうせ豆(煮る前の)を買うのなら、煮てある豆を買ったほうがいいと母が決めたらしい。
ちゃんと味も確かめて、家の煮豆に近いものを買ったというのだが---
---私は、がっかりだった。
母の煮豆を楽しみにしていたのに。
買った煮豆もまずくはないが、なんとなく甘味料?水飴?の甘味が口に残る。
家で作った煮豆はいくら食べても飽きないのに
買ったものは5、6粒食べればもういい、と感じる。

あきらめきれず、母に煮豆のレシピを教えてもらうことにした。
家のお正月料理はほとんど父方のもの(地域伝来のもの)を踏襲しているが
煮豆のレシピは母の母や母の姉からのものだという。

おせち料理の本は持っているが、そこに書いてある煮豆のレシピは
おそろしく面倒で、作る気になれない。
でも母のレシピのものはとても簡単。

* * * * *
黒豆700g
三温糖500g
重曹小さじ1
塩小さじ1
さびたくぎ10本(ガーゼの袋にいれる)
水12カップ
しょうゆ小さじ1

黒豆をよく洗い、上の材料を全部鍋にいれ、一晩置く。
中火にかけ、沸騰してきたらアクをとり、
お湯を1カップ加える。
豆が空気に触れないようにさらしの内蓋か、クッキングペーパーを被せる。
あとは弱火で7、8時間気長に煮る。
水がなくならないように気をつける。
味を見て足りなければ仕上げに砂糖を足す。
* * * * *

これだけ。
もう、1月も半ば過ぎ。
今更だが、今日作ってみた。
豆は県内産のよさそうなものを使用。
分量はレシピの半量。
くぎは色を良くするために入れるらしいが、ないので省略。
昨夜下準備をして、今日は火にかけておくだけ。
一日中家にいるときでないとできない。

さきほど完成
内蓋からはみでた一部分の豆に多少しわが入ってしまった。
それにくぎを入れなかったので、色も真っ黒つやつやにはならなかった。
でも、味は、母の煮豆をほぼ再現できたと思うので満足。
甘味ははじめに入れただけで私は十分だった。

台所に懐かしい煮豆の香りが漂い、なんだかお正月気分が
戻ってきてしまった。

でも、煮豆っておかずにはならない。
お弁当のお惣菜として売られているのもあるけど、お弁当に入れる気はしない。
お茶うけか、食事の終わりごろに少しつまむ位でいい。
レシピの半量とはいえ、たくさんある。  どうしよう…


煮豆続き

いっぱいあってどうしよう…
と思っていたら、煮豆は冷凍できるとのこと。
さっそく半分は冷凍にした。
それと蒸しパンに入れるのもいいらしい。


ところで、先日輪島が夢にでてきたけど、今日、テレビにでていた。
解説者として国技館に来た。
問題を起こして去って行ったから、公の場で相撲と関わっているのを見る事は、もう無理かと思っていたのに。

己の醜さ

職場にひとり言語不明瞭で、若干遅れていると思われる人がいる。
生まれつきなのか病気なのかはわからない。
耳が悪いわけではないようだ。
先月から来ている。
そういう枠で来たのかどうかはわからない。

私と、もうひとりの同僚の間の席になり
仕事を教えてあげてね、と言われ、仕事の一部を教えたり
お昼もなんとなく私たちのグループに自然に入ってきている。

本当はこんなことを思ってはいけないのだが
実は苦手。
申し訳ないのだが、その人が仕事中に
「うきゃきゃきゃ~○※@”%&$」
と独り言を言っているのを聞くと寒気がする。
その人に関係なく、その人側に自分の書類を置くと
すぐに反応して、5分くらいこっちをじーーーーーっと見ている。
虫唾が走る。
(こっち見ないで!とさりげなく書類の冊子を高く積む私)
すると真っ白い顔でにやっと笑う。
遠くから人の話に割り込んでくる。
何となく垢臭い。
いやーーーーーーーーーーー

仕事は何度も何度も同じことを聞くけど
簡単なことならばできるし、大きな失敗はしていない。
何か迷惑をかけられたわけでもない。
でも、どうしても苦手。
障害者が嫌いというわけではない。
仲良くしている車椅子の友人もいる。
 …知的障害の方が苦手なのかもしれない。

学生の頃、知的障害の方の通所施設に2週間、実習に行ったことがあった。
そのときは苦もなく接していたけど、お昼だけはだめだった。
施設独特の臭いとろれつが回らないおしゃべりに胃腸が反応して
どうしても食べ物を受け付けない。
実習は何人かで一緒に行ったのだけど
3日目に実習生仲間のある人が昼食中に「うっ!」とうめき吐いた。
奇声が気持ち悪くて吐いたと後で言っていた。
私も吐きはしなかったけど気持ちは悪かった。
こういう仕事は向いていないな~と思った。

今も、本当はお昼ぐらいは離れたいと思っているが
そんな酷いことはできない。
一緒にお昼は食べている同僚の一人は結構冷たく接している。
他に、もうひとりの同僚がいるが、その人が話し相手になっている。
私はあからさまに冷たくはできないけれど、話を振るでもなく
何を言っているかわからないこともあるけど適当に相槌を打っている。
(私が一番中途半端でいやな奴かもしれない)
その人は別の部署の人にはとても冷たくされていて
それは気の毒なのでそういう時はかばわなければと思うけれど
だからと言って、親身に世話を焼いたり、仲良くなろうとは思わない。

その人はたまに、周りの人を小馬鹿にしたようなことを言う。
(失礼だが)そういう時の口だけは明瞭で反応も早い。
お昼に話相手になっている唯一の人は猛然と言い返す。
冷たく接している人はそういう時はやさしく言い含める。
ふたりの対応はたぶん正しい。
相手の方をちゃんと向いている対応。
反論は対等に接しているということだし、注意してあげるのは親切。
私は聞こえないふり(徹底無視)をするが心の中はかなり不愉快。
(心の中…オマエが言うな!!○○のくせに←○のなかはとても言えない)
相手を下に見ているし、冷たい。
このような時も私はいやな奴。

子供の頃にも強制的にお世話係を任じられていやだったことを思いだす。

その人の存在で自分の心の醜さが自分でよくわかる。

日記(1/20)

昨日少し暖かかったせいか、今日はとても寒く感じる。
今日も疲れた。
今朝方、なぜか3時頃目覚めて、その後ほとんど眠れなった。

父にインターネットをしばらく禁止される夢をみた。
たぶん、昨日のブログの内容に多少の罪悪感があるからだろう。
でも消さない。
こんなこと職場でも、職場の外でも口にはできない。

また最近、元同僚がインターネットで精神を病み
ご家族からインターネットを禁止されたという話を人伝に聞いたことも
こんな夢を見た要因だと思う。

考えてみると、もうしばらく父に何かを禁止されたということはない。
ずっとずっと前、父はかなり厳しかったしうるさかった。
様々な事を禁止された。
年を重ね、家督もゆずり、多少、物忘れもするようになって
今は孫にとってはやさしいおじいちゃん。
子にとっては、もう自由にやれるという開放感とともに
父の権威が落ちたような寂しさもある。

日記(1/22)

今日も疲れた。
電気敷き毛布の温度設定を間違えたり神経が疲れていたりして
一昨日もその前の日も夜中に目を覚ました。
昨夜は眠くて眠くて早目に寝て、わりとぐっすり眠れて
今朝の目覚めは良かったけど
やっぱりどこか抜けていて、生協の箱を出しておくことを忘れた。
それを思い出したのはさっき。
今日は仕事でも抜けていて、23日だと思い込んでいた。
だめだ。もう。

日記(1/24)

頭が痛い。
午前中に頭痛薬を飲んだけど治らない。
今週は頭痛薬を毎日のように飲んだ。
それにいまひとつ熟睡できない。

納期、システム立ち上げもせまり、もうすぐ仕事が終了する。
このご時世なので、次の仕事は早目に準備しておいた方がいいと思い、動いていたのだが・・
すんなり決まりそうだったのだけどちょっと思わぬ方向へ進みかけている。
今までと同じような職種に応募したのに
なんだか知らないが、今までとは違う仕事に抜擢されてしまい、どうしょう…という感じ。
役員面接はあまり上手にまとめられなかったのでうまく免れたと思ったのに…
派遣の方が時給高いし…
これをチャンス、ステップアップと捉えればいいのかもしれないけど
私は捉えられない…かも。
これを断って次、すぐによい仕事にありつけるかどうかはわからないから悩ましい。
逃げたいのはやまやまだし、今までも同じような状況で何度か逃げてきたけれど…

仕事

選んでいる場合ではないとは思うけれど、やっぱり仕事を選んでしまう。
1/9の記事で、ホームレス化した非正規雇用の人々は
今は仕事を選んでいる場合ではないと書いた。
仕事を選ぶのは贅沢なことだと(自分も含めて)思うけれど、やっぱり向き、不向きはある。
私の場合は向き、不向きというよりやりたいかやりたくないか とか
面倒なことはやりたくない というのが選んでしまう理由。

自動車工場の非正規雇用の人たちは
営業とか接客は避ける傾向があるとテレビで誰かが言っていた。
就職しやすい職種でありながら、そういう仕事の適性に欠ける場合も多いとも言っていた。
その辺りも私と共通する。
確かに営業や接客、電話のオペレーター等はいつもいつも募集している。
選ばなければすぐに仕事は見つかりそうだ。
でも、そういうのは苦手だし、やりたくない。

私は切られたわけでもないし、今の仕事が完了するまでにまだ少し時間はあるが
仕事を選びたい気持ち(いやな仕事は避けたい気持ち)は同じ。

昨日の続きになるが、なんで私が?と思ってしまう。
私はデータ入力、加工、管理それに付随する事務作業という内容だから応募した。
↑の仕事に適性がないから回されたとは思えない。
経験もスキルもある。
面接の場で、せっかくいろいろ資格があるから、こちらの部署をお願いしたい
と言われ、そこで「いやです!」とも言えず…
あれよあれよという間に…
その仕事は若すぎてちゃらちゃらした子ではいけないらしい
 (えーえー私はそんなに若くもないし、地味ですよ)
かと言っておばちゃん風(おしゃべり、あつかましい)でもいけないらしい
 (見た目が無口なだけだよ)
…資格なんてあまり関係ないんじゃないの?

皆と同じ「作業」でいいのに、(人の)管理とか面倒な方向へ進んでいくことがよくある。
大抵の場合、辞退している。
辞退できないほど追い詰められたらばっくれることもある。
引き受けたとしても、時期をみて正当な方法で逃げている。
やり通したことは今までない。
責任から逃げてばかり。

私は外に出る、人と会う、働くというだけでも
精神的にも身体的にも疲れて疲れてしんどい。
でも食べていくためには働かなくてはならない。
末端の歯車として淡々と働くだけでいいのに。

- - - - - - - - - -

ところで、住むところがなくなった元非正規雇用の一部の人が
名古屋市中村区役所に勝手に押しかけて住んでいるというニュースを見た。
(10日位前のニュースなので今はどうなったか分からない)
まるで当然とでも言いたげな、振る舞い、発言に驚いた。
実家もある様子なのにどういうことなのか?
なぜ中村区民がこの人たちを養わなければならないのか?
権利ばかりを主張したり、正当な指摘に逆ギレしたりする人が多くなったような気がする。
やだね。

あんなふうにはなりたくない。
もし仕事が一切なくなったら
私は埋葬代(お墓は有り)とアパート撤去費用を残して餓死の道を選ぶ。

日記(1/26)

帰り道、空が少し明るい。
少しづつ日が長くなっている。
これから日が長くなるのも、暖かくなるのもうれしいけれど
「春先の憂鬱」が何年かに一度は来るので
「春」に対しては少し警戒感を持っている。
今年の春は変化や不安を抱えているので少し心配。

もうぽんかんが売られている。
いつもより早い?
さっそく買って食べている。

日記(1/29)

今日も疲れた。
しんどい。
身体が重い。

いろいろ面倒。

冷蔵庫の中のものが凍っている。

勝手に先走るおばちゃんは苦手。

例の仕事はお試し期間を設けてもらうことにした。
こちらもあちらもお互いによく見極めたほうがいいと思うので。

そのうちゆっくり書きたいと思っているが
このところ、文藝春秋、新潮、WILL等々今までにはなかったような書かれ方、
やっと皇太子の資質を問うような流れになってきた。
皇太子をやめてもいいのでは?と書かれること自体、大変なこと。

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おおやしまねこ