クマが海を泳いで上陸

TBC東北放送
宮城県気仙沼市の離島 クマが海を泳いで上陸
更新日時:2008/6/23(土)12:43:35
http://www.tbc-sendai.co.jp/01news/fr.html?id=00002113

23日朝、宮城県気仙沼市の大島でクマが泳いで上陸する姿が目撃されました。
大島では、クマの目撃情報が相次いでおり警察で注意を呼び掛けています。
クマが泳いで大島に上陸するのを目撃したのは養殖業を営む小松武さんです。
23日午前8時半頃、沖合150mほどのカキの養殖いかだの近くを、
体長1メートルほどのクマが大島に向って泳いでいるのを発見しました。
小松さんは「航路にカモメがすごい数飛んでいたので変だなと思ってみたら
クマが泳いでいた」と話しています。
小松さんは上陸を阻止しようと船でクマに近づいたものの、クマは岸壁に泳ぎ着き
岩場から上陸したということです。
大島では、昨夜も雑木林に入る2頭のクマが目撃されるなどクマの目撃が相次いでおり、
警察で注意を呼びかけています。

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新しくできた橋を渡ってシカが上陸したことは確認されていて、クマも橋を渡って大島へ行っているかもという
ニュースがちょっと前にあったが、泳いでも渡ることもできるというのであれば防ぎようがない。

内陸地震から10年

<岩手・宮城内陸地震10年>傷痕残る山 生きる人々の歩みは続く
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180614_13021.html

 死者17人、行方不明者6人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から10年となった。
栗駒山麓周辺の被災集落では過疎と高齢化が進む一方、
休止していた温泉宿が再開の準備を始めるなど光も差し込む。
地域再興に向け、山に生きる人々の歩みは続く。
 内陸地震は2008年6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部を震源に発生。
マグニチュード7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測した。
死者は宮城県14人、岩手県2人、福島県1人。行方不明者は宮城県4人、秋田県2人。
 国内最大級の地滑りが起きた荒砥沢崩落地(宮城県栗原市栗駒)は
10年の歳月を経てもなお、のこぎりで山を切り落としたような荒々しい岩肌をさらす。
栗原市は被災後、大規模崩落地を核とした防災教育や観光振興に力を入れてきた。
土砂崩れなど山地災害が全国で頻発する中、
内陸地震の爪痕は備えの在り方を再考するための貴重な財産でもある。
 市は14日、内陸地震発生時刻に防災行政無線でサイレンを鳴らし、市民に黙とうを呼び掛ける。
市栗原文化会館で追悼式を行い、犠牲者の冥福を祈る。
2018年06月14日木曜日

源氏パイと平家パイ

きのこ対たけのこ? 甘い!これぞ合戦だ 
源氏パイと平家パイが話題に 実はすでに決着が…販売元に聞いた
6/5(火) 7:00配信 withnews
http://news.livedoor.com/article/detail/14816950/

明治のお菓子「きのこの山」「たけのこの里」。
どちらがおいしいかを巡って、きのこ派・たけのこ派に分かれて論争になることがありますが、
「それを上回る争い」と話題になっているお菓子があります。
三立製菓の「源氏パイ」と「平家パイ」です。
まさに源平合戦ですが、すでに大勢は決しているようです。三立製菓に話を聞きました。

ツイッターで話題に
今月3日にツイッター投稿された画像。
写っているのは、ともに「お徳用」と書かれた「源氏パイ」と「平家パイ」です。
源氏パイが28枚入りなのに対して、平家パイは13枚入りと、数的には不利です。
この投稿に対して、「平家にはレーズンが付いている」「しかし源氏は量が多い」
「長期保存は源氏パイが有利」といったコメントが寄せられ、
リツイートは6万、いいねは12万を超えています。

源氏パイとは
1965年から販売されている源氏パイ。ヨーロッパで「パルミエ」と呼ばれるハート形のパイがもとになっています。
三立製菓の開発者がヨーロッパを訪れ、
「このようなおいしいパイを作って日本の家庭でも食べてもらいたい」と開発が始まりました。
当初は形が整わず、商品にならないものも多かったそうですが、
改良を重ねたことで、現在ではきれいなハート形になっています。

平家パイとは
対する平家パイが発売されたのは2012年。
幾層にも折り重ねたパイ生地に洋酒漬けしたレーズンをトッピングして焼きあげています。
ふんわりソフトな点が、源氏パイとは対照的です。

比較的新しい商品の平家パイですが、実は「ある商品」を改名して誕生しました。
元になったのは1993年発売の「レーズンパイ」。
変わったのは商品名とパッケージデザインで、中身そのものは基本的に同じです。

なぜ改名したのか? 三立製菓の企画開発部の担当者に尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「もともとお客様からも『平家パイは無いのですか?』というお問い合わせをちょうだいすることがあり、
ネットでも同様の声が複数ありました。
そんななか、2012年のNHK大河ドラマが『平清盛』に決まったことを受けて、発売が決まりました」

お菓子の形を「源氏の放った矢を受ける平らな盾」と見立てており、
飾りのレーズンは矢を受けた跡をイメージしているそうです。
パッケージについても、赤と白を基調とした源氏パイと並べても見栄えするように、
紫色をメインカラーに採用しているそうです。

大勢は決した?
源平合戦の現状はどうなっているのか?
その点については「平家パイの売り上げは、源氏パイの2~3割ほどです。
ただ、引き続き店頭では源平合戦を繰り広げて頂いている店舗もありますので、
平家パイにも頑張ってもらいたいです」。
しかし、源氏パイに対して決定的に劣っている点が、平家パイにはあるそうです。
 「現在、通常品の平家パイは休売中で、お徳用のみの販売となっています。
でも、お徳用が生き延びているということは、平家は滅亡していなかったってことですね」

きのこ・たけのこの争いを引き合いに盛り上がっていることについては、こう話します。
「ひっそりやっていた企画が6年目にしてフィーチャーされるとは。
便乗させてもらっている感じがして、明治さんに源平セットを贈りたい気持ちです」
話題になったことについては、「ただただうれしいです。
この勢いで店頭でまた源平合戦を展開してくださるスーパーさんが増えてくださるといいなと思います」
と話していました。


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平家パイはあまり見たことがない。

水資源は狙われていなかった?

NHK NEWS WEBより
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180529/k10011456591000.html

”水資源が狙われている問題“を調べてみた
5月29日 15時17分
「日本の水資源が狙われているらしいー」インターネットを中心に広がったこのうわさ、
記憶にある方も多いのではないのでしょうか?そのきっかけとなったのが北海道庁が発表したある調査。
資産価値の少ない森林が外国の法人や個人によって相次いで買収されていたことが発覚したことでした。
あの騒動から8年。本当に水資源は狙われていたのか?調べてみると、意外な真相が見えてきました。
(札幌局記者 藤本智充 川口朋晃)

“日本の水源狙われている問題”とは
騒動のきっかけとなったのは、8年前に北海道庁が議会で明らかにしたある調査です。
平成21年の1年間に砂川市や蘭越町などの森林合わせて400ヘクタール余り、
東京ドーム87個分が外国の法人などに買われていたことがわかりました。
その2年後には、買収された面積が1000ヘクタールを超えたことも判明。
さらに、買収していたのは中国やシンガポールの法人や個人だったこともわかりました。

どうして、外国の法人が資産価値の少ない森林を買収するのか。
謎の現象に、自治体をはじめとする関係者は頭をひねりました。
そんな中、インターネットを中心に「日本の水資源が狙われている」といううわさが広がり始めたのです。
それは、人口の増加が続く中国では将来的な水不足が懸念されているため、
北海道の豊富な水資源を確保する狙いがあるのでは、というもの。
一部、メディアなども取り上げ、一気に全国的に拡大しました。

世論の高まりを受けて北海道庁も動きます。
外国資本から水資源を守ろうと、条例を制定。
59市町村の176の地域を水資源の「保全地域」に指定し、
売買する場合は3か月前までに利用目的などを届け出るよう義務づけました。
この流れは全国にも波及し、各地の自治体で水資源保全のための条例が作られました。

森林買収はさらに増えていた
あの騒動から8年。実際、水資源は狙われていたのか、調べてみました。
北海道庁の調査によると、去年(平成29年)12月末時点で、
森林を所有する外国の法人や個人は合わせて159に上っていました。
面積はおよそ2500ヘクタール。
所有者数、面積ともに5年前の2倍以上に増加。
北海道では外国の法人などによる森林の買収がさらに進んでいました。

やはり、水資源が狙われているのではないか…。
そう思った私たちが次に調べたのは、水資源の「保全地域」での森林の売買についてです。
騒動のあと、新たに整備された北海道の条例では
「保全地域」にある森林を買う場合、事前の届け出が必要となりました。
当然、このエリアでの売買も増えているはずと思い、北海道庁の担当者に聞いて見ると…。
「保全地域」での売買は去年12月の時点で中国系企業などの4件のみ。
しかも目的は水資源ではなく、太陽光発電の施設建設や資産保有でした。
さらに、北海道庁に聞くと、これまでに外国の法人などが所有する森林が
水資源をめぐるビジネスに使われたケースは確認できないといいいます。
つまり北海道では外国の法人などによる森林の売買は水資源が目的とは考えにくいのです。

“水資源”は狙われていなかった?
では、なにが目的なのでしょうか?
そのヒントは北海道の調査結果にありました。
外国の法人などが買収した森林の場所を詳しく見てみると、7割近くが「ニセコエリア」に集中していました。
近年、外国人に大人気のリゾート地です。
そこで、私たちはニセコエリア周辺の森林の登記簿で、所有者や取引の経緯を調べました。
その結果、外国資本による所有が確認できた森林は合わせて51か所。
香港やシンガポール、タイなどアジアの国々の法人が中心でした。
実際に、どのような場所が買われているのか。そのひとつに行ってみました。

こんな場所になぜ?
ニセコエリアに隣接する共和町。
人口はおよそ6000人で、町の面積の半分余りが森林です。
ここで5年近く前、香港の法人が163ヘクタールもの森林を買っていました。
地図を頼りに現場近くまで行ってみると、そこは民家も畑もない山の中。
しかも、法人が所有する森林は木々を分け入った先にあり、簡単に入れるような場所ではありません。
ぎりぎりまで近づけそうな道を1本見つけましたが、入り口には通行止めの看板が。
地元の住民に聞くと、除雪作業が行われないため、5月初旬までは通れないといいます。
また、町によると開発計画なども今のところないとのこと。
担当者は、「道路に面しているわけでもなく値上がりが期待できる場所でもない。
なぜ買ったのか疑問だ」と首をかしげていました。

森を買う本当の理由とは
そこで私たちは、香港の法人に森林を売ったとみられる元の所有者から話を聞くことにしました。
登記簿によると、森林を所有していたのは、ニセコエリアにある不動産会社です。
国道沿いにたたずむ小さな平屋建ての事務所を訪ねると、初老の男性が1人、その中にいました。

はじめは「古い取引のことは忘れた」などとはぐらかしていましたが、
男性は徐々に、当時のことを語り始めました。人が立ち入れないような森林を、香港の法人がなぜ買ったのか。
ずばり、その理由を尋ねると、返ってきたのは意外な答えでした。
「友人に自慢できるから」
法人のオーナーである香港の富裕層が、男性にそう話していたというのです。
その背景には、中国国内の不動産事情があるといいます。
中国では、個人が土地を所有することは認められていません。このため、中国の富裕層にとっては、
北海道のような知名度の高い観光地に土地を持つこと自体がステータスになるのだといいます。
「誰も買い手がつかない1坪数十円とか数百円の森林だったが、
パウダースノーで有名なニセコエリアの隣接地に広大な土地を所有できる。
香港の富裕層はそのこと自体に価値を見いだしていたようだ」
男性はこう話してくれました。

富裕層が決める森林の価値
「友人に自慢できるからー」そんな理由ってある?
疑う私たちに倶知安町のリゾートエリアに集まる外資系の不動産会社も同じような話をしてくれました。
代表の1人で、オーストラリア人のグラント・ミッチェルさんによると、
ニセコエリア周辺の不動産を買うのは香港やシンガポールをはじめとするアジアの銀行マンや医者、弁護士など。
別荘地の開発や転売を考える人がいる一方、ステータスとして所有するケースもあるといいます。
彼らは別荘などに友人を呼んでパーティを開き、所有する不動産の自慢をすることもよくあるということです。
このため、日本人では買い手がつかないような森林や原野でも、
景観がいいといった理由で高値で取引されることがあるというのです。
実際、ミッチェルさんの会社では公的な評価額が1500円の原野を、
香港の富裕層に5000万円で売ったケースもあるといいます。
「海外の富裕層は感情で土地を買います。価値はその人が払ってもいい金額で決まる。
日本の評価額はもはや意味がないんです」
ミッチェルさんはこう説明してくれました。森林買収の背景には
私たち庶民には到底理解できない海外の富裕層ならではのステータス意識と価値観があったのです。
ちなみにミッチェルさんに「水資源狙いの可能性は?」と尋ねてみると、「ありえない」ときっぱりと否定されました。

“水資源説”のルーツは?
ただ、「水資源説」が生まれるきっかけとなる動きは当時、確かにあったようです。
札幌市の不動産関係者は、7、8年前は水資源目的で森林を買おうという動きが
一種のブームになっていたと明かしてくれました。
この関係者の元にも当時、地図にマーカーで線を引いて
「この辺りを1000万円で買いたい」などという外国人が訪れていたといいますが、
その背後には必ず日本の不動産ブローカーがついていたということです。

別の不動産会社の幹部によると、当時の不動産ブローカーは牧場経営などに失敗した人が多く、
今では姿を見かけることはなくなったということです。
札幌の不動産関係者は、当時の騒ぎを次のようにふり返りました。
「彼らが求める森林は水源として価値のあるところはほとんどなかった。
結局、事情を知らない海外の富裕層がブローカーに
どうにもならない土地をつかまされたというのが真相だ。
今ではブローカーもいなくなり、このあたりでは買収の話はなくなった」

結局、今回の取材で少なくとも北海道では外国人が所有する森林が
水資源をめぐるビジネスなどに使われたケースは確認できませんでした。
それどころか狙われていたのは水資源ではなく、海外の富裕層だった可能性さえー。

ただ一方、気になることも。今回の取材で判明した外国資本の中には、
マンションの1室などに拠点を置くペーパーカンパニーと見られる法人も多く、
誰が本当の所有者なのか、一見してわからないものが多かったことです。
外国人による森林売買。まだまだ謎がありそうです。
引き続き、取材をしていきたいと思います。

若嶋津

2018.05.10.
頭部手術の二所ノ関親方、八角理事長にあいさつ 順調な回復ぶり、杖使わず、会話も
昨年10月に倒れ、頭部の手術を受けて療養中の大相撲の二所ノ関親方(61)=元大関若嶋津=が10日、
手術後初めて東京・両国国技館を訪れ、八角理事長(元横綱北勝海)らにあいさつした。
長女らに付き添われ姿を見せた同親方は杖なども使わず、1人で歩行。
対面した芝田山広報部長(元横綱大乃国)によれば「会話もした」という順調な回復ぶりだった。
https://www.daily.co.jp/general/2018/05/10/0011243688.shtml

栗原「山の駅くりこま」オープン

栗原「山の駅くりこま」オープン
04月20日 21時04分
栗原市の栗駒地区に地元の新鮮な野菜や、特産品を販売する施設がオープンしました。
「山の駅くりこま」と名付けられたこの施設は、市が観光客の誘致などを目指して、
栗駒山に通じる県道沿いに、およそ2億円をかけて整備しました。
20日は、市の関係者や、施設の運営を担う組合のメンバーなどおよそ100人が出席して
記念の式典が開かれ、テープカットをしてオープンを祝いました。
この施設は、広さが370平方メートルほどで、地元でとれた新鮮な野菜や、
キノコやウドなどの山菜、藍染めなどの伝統工芸品を販売しています。
敷地には、120台ほどが止められる駐車場も整備されていて、
栗駒山に向かう観光客などの利用を期待しているということです。
訪れた60代の女性は、「野菜の種類が多くていいですね。
これからも利用したいと思います」と話していました。
施設を運営する組合の吉田一夫・組合長は、
「観光スポットとなるように皆さんの協力を得ながら運営していきたいと思います」と話していました。
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20180420/0000955.html


栗駒行くなら、山の駅へ 町役場跡に直売所開業
栗原市が同市栗駒岩ケ崎の旧栗駒町役場跡地に整備を進めていた栗駒特産物直売センター「山の駅くりこま」が完成し、
20日オープンした。栗駒山登山道に通じる県道沿いの好立地を生かし、
観光振興や地域間交流の拠点としての役割が期待されている。
センターは木造平屋で延べ床面積370平方メートル。白壁の武家屋敷風の外観が特徴。
駐車場は普通車115台、大型バス6台分を確保した。
午前9時すぎのオープンと同時に店内は住民や観光客らで混み合った。
パプリカの1袋200円詰め放題などの特別セールが人気を集めていた。
地元商工会を中心とした施設利用組合が指定管理者として運営する。
旬の野菜や果物をメインに、漬物や菓子など地場産品を扱う。
地元酒蔵の日本酒の販売を予定するなど、品ぞろえを順次増やす予定。
開業前のセレモニーで千葉健司市長は「地元が待ち望んでいた施設。栗駒の魅力を肌で感じてほしい」と話した。
2018年04月21日土曜日
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201804/20180421_13018.html

仙台市長「女性と土俵 議論を」

NHK仙台放送局

仙台市長「女性と土俵 議論を」
04月10日 15時07分
大相撲の土俵に女性が上がることをめぐり、毎年8月に夏巡業が行われている仙台市の郡市長は、
記者会見で、「なぜ女性が土俵に上がれないのか議論を進めるべきだ」と述べました。

大相撲をめぐっては、京都府舞鶴市で行われた春巡業で、
土俵上で倒れた市長の救命処置のため土俵に上がった観客の女性に対し、
行司が下りるようアナウンスしたり、兵庫県宝塚市の中川智子市長が、
市内で行われた春巡業で日本相撲協会側から土俵上でのあいさつを断られるなど、
女性が土俵に上がることが議論となっています。
こうした中、毎年8月に夏巡業が行われている仙台市の郡市長は、
先に中川市長が「土俵に上がることを断られ、とても悔しかった」と電話で述べていたことを明らかにしました。
このとき、中川市長から、仙台市で行われる夏巡業でのあいさつについて尋ねられたものの、
夏巡業の詳細がまだ分からないため、明確な返答はしなかったということです。
そのうえで、郡市長は、「伝統もあるのかもしれないが、相撲大会で力士として土俵に上がる女性もいる。
あいさつなどでなぜ女性が土俵に上がれないのか議論を進めてほしい」と述べました。
仙台市で行われる夏巡業での市長あいさつをめぐっては、奥山恵美子前市長は出席したことはなく、
当時の男性の副市長が代理で行ったということです。
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20180410/0000827.html


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宝塚市の市長に続いて、アンタもか。
舞鶴市での件は突発的な緊急事態であり、あの場合のアナウンスは適切ではなかった。
それに便乗して、こういうのがでてくると思っていたが、案の定。
緊急時に臨機応変に対応することを徹底することは必要だが、
あくまで伝統は伝統。それを変えてほしくはない。
墜ちてしまった相撲界だが、そこは筋を通してほしい。
郡和子ははなから支持していない。この人に投票もしていない。
この人を市長と仰がなければならないのは苦痛。
でも市長が嫌いだからといって仙台市から転出するわけにもいかない。




東日本大震災7年

2018.3.11 15:44
【東日本大震災7年】安倍晋三首相が式辞「政府一丸で災害に強い強靱な国づくり進める」
安倍晋三首相は11日、東京都千代田区の国立劇場で開かれた政府主催の追悼式に参列し、
「震災による大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を胸に刻みながら、
英知を結集して防災対策を不断に見直す。
政府一丸となって災害に強い強靭(きょうじん)な国づくりを進めると固く誓う」と式辞を述べた。
首相は震災発生から7年が経過し「被災地では復興が一歩ずつ着実に進展している」としつつ、
「いまなお、7万人を超える方々が避難し、長期にわたって不自由な生活を送られている方もいる」と説明。
「被災者一人一人が置かれた状況に寄り添いながら、
今後も生活再建のステージに応じた切れ目ない支援に力を注ぐとともに、
原子力災害被災地域における帰還に向けた生活環境の整備、産業・生業の再生支援など復興を加速していく」と語った。
追悼式には秋篠宮ご夫妻が出席された。秋篠宮さまはお言葉で「復興の歩みが着実に進展していくよう、
これからも国民が心を一つにして被災した地域や人々に末永く寄り添っていくことが大切でありましょう」と述べられた。
http://www.sankei.com/life/news/180311/lif1803110037-n1.html

2018.3.11 15:47
【東日本大震災7年】政府主催追悼式、秋篠宮さまお言葉全文
2011年3月11日、東北地方を中心に東日本を襲った未曽有(みぞう)の地震とそれに伴う津波により、
2万人を超える死者及び行方不明者が生じました。
震災発生後、刻々と伝えられる現地の状況と押し寄せてくる津波の映像は、
7年を経た今でも決して脳裏から離れるものではありません。
ここに一同と共に、震災によって亡くなった人々とその遺族に対し、深く哀悼の意を表します。
大震災からの7年間、被災地において、人々は幾多の困難を乗り越え、手を携えて、
復興に向けての努力を弛(たゆ)みなく続けてきました。こうした努力を支援するため、
国や全国の自治体、そして国内外の多くの人々が、様々な形で力を尽くしてきました。
その結果、住宅の再建や高台移転、産業の回復、生活環境の整備、
防災施設の整備など多くの進展が見られました。
また、原発事故により避難を余儀なくされた地域においても、
帰還して生活を再開できる地域が少しずつ広がってきております。
多くの悲しみや困難の中にあった子どもたちも、未来に向けてたくましく成長しています。
しかし、その一方では、今なお多くの被災者が、被災地で、また、避難先で、
依然として不自由な生活を続けている厳しい現実があります。とりわけ、帰宅可能な地域が広がる中、
いまだに自らの家に帰還する見通しが立っていない人々も多いこと、
基準に照らして放射線量の問題がない場合であっても、農林水産業などに影響が残っていることを思うと、心が痛みます。
さらに、避難生活が長期化する中で、高齢者を始めとする被災者の心身の健康のことは、深く心に掛かります。
困難な状況にいる人々、一人ひとりが取り残されることなく、健やかで平穏な生活を送ることができるよう、
また復興の歩みが着実に進展していくよう、これからも国民が心を一つにして被災した地域や人々に
末永く寄り添っていくことが大切でありましょう。
東日本大震災の大きな犠牲の下で、私どもは日頃の防災訓練や防災教育、
そして過去の災害の記録と記憶の継承がいかに大切であるかを学びました。
この教訓を決して忘れることなく、私たち皆が防災、減災の心を培うとともに、
それを次の世代に引き継ぎ、災害の危険から多くの人々が守られることを心より願っております。
今なお困難を背負いながらも、復興に向けて日々努力を続けている人々に思いを寄せ、
一日も早く安らかな日々が戻ることを皆で祈念し、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
http://www.sankei.com/life/news/180311/lif1803110038-n1.html

金銀

180217.jpg

羽生、金も限界に挑めなかった五輪 夢へ挑戦は続く
[2018年2月17日15時31分]
https://www.nikkansports.com/olympic/pyeongchang2018/figureskate/news/201802170000442.html

相撲協会、「昨今の情勢踏まえ」陛下の観戦辞退

相撲協会、「昨今の情勢踏まえ」陛下の観戦辞退
2018年01月11日
宮内庁の山本信一郎長官は11日の定例記者会見で、
毎年恒例の天皇、皇后両陛下の大相撲初場所観戦が取りやめになったことを明らかにした。
山本長官によると、日本相撲協会から昨年10月、両陛下の初場所観戦をお願いする申し出があったが、
今週になって、「昨今の情勢」を踏まえて辞退するとの連絡があったという。
元横綱日馬富士関の暴行事件などを受けたもので、同協会の八角理事長(元横綱北勝海)は
「暴力問題に加えて、新たな不祥事を起こしてしまったことから、
今週初め、1月場所の行幸啓(天覧相撲)をご辞退申し上げたいとお伝えしました。
誠に申し訳なく、おわび申し上げます」とのコメントを発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20180111-OYT1T50101.html

デンマーク皇太子、東松島再訪

河北新報
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201710/20171012_13021.html

<震災6年7カ月>デンマーク皇太子、東松島再訪 復興に感激
 デンマークのフレデリック皇太子が10日、東日本大震災で被災した宮城県東松島市を訪れた。
2011年6月に慰問して以来、6年4カ月ぶりの再訪で、復興へと歩む市民と交流を深めた。
 皇太子は渥美巌市長と共に、同市野蒜地区の復興祈念公園と震災復興伝承館を訪問。
犠牲になった市民ら約1250人の名前が刻まれたモニュメントに献花し、冥福を祈った。
 鳴瀬桜華小では、児童とサッカーを楽しんだり、給食を味わったりした。
 皇太子は「皆さんに温かく迎えてもらい感謝している。震災は非常に悲しいことだが、
復興に向けて力強く進んでいることに感激している」と述べた。
 同市野蒜ケ丘1丁目の無職尾形勝さん(75)は皇太子と再会し、
「『元気でよかったですね』と気に掛けてくださった。本当にありがたい。思い出の宝物が増えた」と喜んだ。
 初対面は11年6月、津波で流失した自宅跡地でだった。長身の皇太子が膝を曲げ、
語り掛けてくれた記憶が忘れられないという。
 同市大曲の農業佐藤祥さん(63)はササニシキの新米を皇太子へ贈った。
田んぼは津波で被災し、12年にコメ作りを再開。
佐藤さんは「皇太子が東松島に思いを寄せてくださり、うれしい。感謝の気持ちを返したい」と話した。

東北の梅雨明け「特定できず」

東北の梅雨明け「特定できず」
09月01日 19時38分
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20170901/3560921.html

ことしの梅雨の時期について気象庁が見直しを行った結果、
東北では「梅雨明けを特定できなかった」と修正しました。
東北で梅雨明けが特定できなかったのは8年前の平成21年以来です。
気象庁は地域ごとに発表している梅雨入りと梅雨明けについて、
毎年この時期、観測データをもとに見直しを行っています。
その結果、東北の梅雨入りは6月21日ごろと発表していましたが、
東北南部で統計開始以来、最も遅い6月30日ごろに、東北北部で7月1日ごろに修正しました。
一方、先月2日ごろと発表していた梅雨明けは、その後も雨や曇りのぐずついた天気が続き、
「梅雨明けは特定できなかった」としました。
東北ではこの夏、オホーツク海高気圧から冷たく湿った空気が流れ込んでぐずついた天気が続き、
仙台市では先月下旬にかけて夏の時期としては観測史上最も長い36日連続で雨が降りました。
東北で梅雨明けが特定できなかったのは8年前の平成21年以来です。
気象庁は、「8月はオホーツク海高気圧が発生して東北では不順な天候が続き、
梅雨明けの特定ができなかった」としています。

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やっぱりね。
こういう夏は何年かにおきにある。

日曜夕方のEテレ

以前、日曜日の夕方はEテレで午後6時からのベニシアだけを観ていた。
その直前の5分間に不思議な歌?美術品解説?の番組の存在に気が付き、それも観るようになった。
(今年の春からその番組は無くなった)
さらに5時半からの機関車トーマスも観ることになった。
トーマス…甥が子供の頃、機関車セットも持っていたし、
私もリクエストに応じて、ハロルドとかメイビスとかジェームスとか名前は知らないけどバスとか買ってあげた。
甥は絵本やビデオも持っていて、それを一緒に観ていたが
今のトーマスはなんだか違う気がする。
映像もなんか違うが、ストーリーも違う気がする。
たぶん、子供向けの絵本やビデオは(道徳的に)いい話をピックアップしていたのかもしれない。
テレビのトーマスはみんなそこそこ性格が悪く、嫌味は日常。トラブル多発。
なんで機関車が勝手に仕事を選んだり、競争したりしてるんだか。
憂鬱な日曜日の夕方に観ると逆にフフンと笑えるのがいい ということでトーマスも観ている。
そして自分も多少の毒は出しつつ、役に立つ機関車(仕事人)になろうと思うのである。
その前のミッフィーも馬鹿馬鹿しくていい(これはながら見)。
あれはどこからか抗議がでないのか気になる。
ウサギ(白)はいい子で相棒のブタ(褐色)はいい子ではない。
悪い子というわけではないが、ミッフィーよりさらに幼い感じ。
私は特に問題とは思わないが、ある団体が問題にしようと思えば問題ともいえる案件だ。
ずっと前にここで新聞記事の切り抜きの感想として書いた「改変赤ずきん」の著者はどう思うだろう。
でもあの形式で長く続いているということは大丈夫ということなのだろう。

今日はうっかり17時前にテレビをつけたら
ねこがどっさり出ていた。←不定期らしい。
あなどれないEテレ。
でも18時からはベニシアではなく坊さん料理だった。



ひとりごと

この前のダーツの旅は「高清水」だったが
あれにでてきたおじさん…スタッフに道端に生えていた野蒜を勧めていた人、ああいう人は本当に苦手。
決してあの辺を貶すつもりはないが、ああいう人は実家周辺にもたくさんいる。
父方の親戚にもああいうのがいる。
勧めておいて、いざ食べると
「ふん、そんなもの食べるやつはいない」「こんなの食べたことはない」
面白いつもりなのかもしれないが、不愉快。あれはほんの一例。
※野蒜は食べられる。おいしくはないが。
あの手のもっと手の込んだ意地悪さ(おそらく無意識)に
私の母などは他所から嫁いできて、さんざんやられた。
もちろん、親切な人も沢山いるし、あれを意地悪と捉えるのは被害妄想のようなものかもしれないが
とにかく、たったワンシーンで見事に県北の嫌な人(私主観では苦手な人)を表現していた。

<内陸地震9年>忘れない祈りと涙

<内陸地震9年>忘れない祈りと涙
 死者17人、行方不明6人に上った岩手・宮城内陸地震は14日、発生から9年を迎えた。
最大被災地の栗原市では発生時刻の午前8時43分、市民や遺族らが追悼のサイレンに合わせて黙とうした。
 土石流が温泉旅館を直撃し、7人が亡くなった同市栗駒耕英の「駒の湯温泉」近くに設置された慰霊碑には、
遺族や地区民ら30人が集まり、花を手向けるとともに追悼の祈りをささげた。
 温泉従業員だった母高橋恵子さん=当時(55)=を亡くした会社員菅原恵美さん(40)は
「9年はあっという間」と振り返る。恵子さんは見た目が若かったので、よく姉妹に間違われたという。
「優しくて自慢の母でした」と涙ぐんだ。
 千葉健司市長は午前、花山地区と栗駒耕英地区を訪れた。
このうち、花山農山村交流センター前では、遺族らと黙とうし、慰霊碑に献花して犠牲者の冥福を祈った。
2017年06月14日水曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201706/20170614_13045.html

スポーツ嫌いダメ?国の目標波紋 「体育の恨み」影響も

スポーツ嫌いダメ?国の目標波紋 「体育の恨み」影響も
伊木緑
2017年6月3日05時09分
スポーツが嫌いな中学生を現在の半分に減らす――。スポーツ庁が掲げた目標に、
一部で反発の声が上がっている。嫌いなままじゃダメですか?
スポーツ庁の昨年度の調査によると、運動やスポーツが「嫌い」か「やや嫌い」な中学生は16・4%。
微増傾向にある。このままでは将来、運動しない大人が増えてしまうと、
同庁は3月、5年かけて8%に半減させる目標を「スポーツ基本計画」の中で打ち出した。
この計画が報じられると、「強制しないでほしい」「余計嫌いになる」
「嫌いで何が悪い」などの意見がネット上で飛び交った。
スポーツが嫌いになるのは、体育の授業にも原因がありそうだ。
フジテレビのトーク番組、「久保みねヒャダこじらせナイト」には、
視聴者からの投稿による人気コーナー「体育への恨みつらみ川柳」がある。
出演者の漫画家の久保ミツロウさん、音楽家のヒャダインさん、
文筆家の能町みね子さんが全員体育嫌いだったことで意気投合し、生まれたコーナーだ。
記者が取材を申し込んだところ、番組内での「公開取材」を求められ、
3人の言い分を聞くシーンが5月上旬に放送された。
ヒャダインさんは「体育が嫌なのは恥をかかされるから。
周りに迷惑をかけている申し訳なさ、馬鹿にされているんだろうなという自虐。
ネガティブな感情ばかりが渦巻くんです」。能町さんは「体を動かすこと自体が嫌いなわけじゃない。
うまい人とやるから嫌いになる。レベル別に完全に分けてくれればいいのに」と提案する。
市民ランナー向けの雑誌「ランナーズ」を発行する「アールビーズ」の広報・小川久美子さんも、
学生時代は吹奏楽やオーケストラに熱中し、体育の成績は「2」の文化系の少女だった。
しかし10年ほど前、「自分の時間が欲しい」とたまたま始めたのがランニング。
100キロのウルトラマラソンにまで挑戦するようになった。
すっかりスポーツが好きになり、「子どもの頃の自分が知ったらびっくりするでしょうね」。
旗振り役のスポーツ庁にも、体育嫌いの過去を持つ人はいる。
学校体育を担当している平井明成総括官も学生時代、体育は「2」だった。
球技の授業は「補欠」、水泳は休むこともあったという。
そんな平井さんも、今ではときどきジムに通って汗を流す。「年を取ると運動したくなるものなんです」。
確かに、スポーツ庁の世論調査によると、「週1回以上運動する」人は70代が最も多く、65・7%。
「体を動かすことは衣食住と同じように生きる上で大事なこと。
やりたいと思った時、少しでもうまくできる方がきっと楽しいですよ」と体育嫌いの子どもたちを励ます。
剣道部だった平井さんが思い出すのは、中学1年の1学期だけ指導してくれた若い臨時教員の男性。
教え方が的確で上達を実感でき、楽しかったという。
「指導者との出会いは大切。そういう人材を増やしていきたい」と話す。
スポーツ庁の鈴木大地長官は、1988年ソウル五輪競泳金メダリスト。
反発の声に「普段どうしてもスポーツが好きで推進する立場の人の意見ばかり耳に入ってくるが、
これからは嫌いな人の意見ももっと聞かないと」と話している。(伊木緑)
http://digital.asahi.com/articles/ASK525CYPK52UTQP01H.html
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ここでも何度か書いた気がするが、私も学校時代、体育が苦手で大嫌いだった。
今も憎悪している。
書いたことがあると思うが、私が小学4年生から6年生までの3年間、
体育推進指定校となって毎日体育があった。
クラブ活動も運動クラブのみ、朝も休み時間も業間運動と称してスポーツを強制された。
地獄のような日々だった。
タイムマシンに乗って、当時の小学校を爆破したいほど憎んでいる。
体操着を持っていくのを忘れた夢や、明日、体育やだなあと思っている夢も未だにみる。
上の記事のヒャダインさんとほぼ同じ意見だ。

でも自分のペースで体を動かすのは嫌いではないし、
勝敗に関係のない、個人や家族で楽しむレクレーション的なものであれば抵抗はない。
スポーツ好きの人の言い分もわかるが、「押しつけ」はやめてほしいと思う。

「怒りを自ら作り出す人」の残念な思考回路

東洋経済ONLINE
「怒りを自ら作り出す人」の残念な思考回路
怒りを「大掃除する」効果的な方法
草薙 龍瞬 :僧侶、興道の里代表 2017年03月08日
http://toyokeizai.net/articles/-/161332


人間関係、仕事、家族、日常生活……あらゆる場面で「怒り」を感じることがあります。
怒りのせいで「また失敗した」と感じることも。
怒りを外にぶつけて、苦い思いを繰り返すか、ぐっとのみ込んで、時間が経つのをひたすら待つか。
いずれも、苦しい状態です。
怒りから、もっと自由に、ラクになれる方法はないものか――
“人生の達人”ブッダに聞いてみると、意外な「怒らない方法」が返ってきます。
「人生を快適にする合理的な方法」として仏教を説く、
独立派の出家僧・草薙龍瞬氏(著書に『反応しない練習』がある)が、ブッダ流「怒りの消し方」を紹介します。


「怒り」は、誰にとっても切実なテーマです。その最大の理由は、
人間関係に支障を来すこと。自分にとって、ストレス・苦しみになることです。
だから「怒らないようにしよう」と考えるわけですが、現実には「つい怒ってしまった」「やってしまった」ということばかり……。
「怒ってはいけない」と頭ではわかっているのに、なぜ怒ってしまうのでしょうか。
仏教流に考えれば、それは「怒りの正体が見えていない」からです――。

■怒りのほとんどは、理由がない
怒りは “心の反応”のひとつ。不快な反応です。
その理由は、世間ではさまざまだと思われていますが、仏教的には、実は2種類(!)しかありません。
ひとつは「物理的な刺激」によるもの。たとえば、危険な目に遭ったり、体に触られたりしたときの不快感――
これは、生き物に共通する最も原始的な怒りです。
これ以外の怒りは、1種類だけです。つまり「精神的な刺激」による怒りです。
たとえば、嫌いな相手の振る舞いや、思いどおりに進まない現実への怒り、
いつ始まったのか自分もわからない慢性的なイライラなど――
これらはすべて、肉体ではなく、心が刺激を受けて生まれた反応です。
しかし、不思議な現象だと思いませんか? 
なぜ物理的な接触がないのに、心が刺激を感じて怒ってしまうのでしょうか?
心が刺激されてしまう理由――そこを突き止めることが、「怒らない方法」の決定的なポイントになります。

■初公開・怒りを克服する3つの対策
ブッダの知恵を生かせば、怒りのタイプは3つです。そのタイプごとに「怒らない方法」を、まとめてみましょう。

《その1 貪欲タイプの怒り》
ひとつは、「貪欲」つまり “欲求過剰”(求めすぎ)な精神状態からくる怒りです。
たとえば「もっと高く評価されたい」「もっと業績を上げたい」
「もっと早く、もっと高いスコアで試験に受かりたい」といった願望です。
人間関係で「あの人とは話が合わない」「わかりあえない」という不満・ストレスも、
意外かもしれませんが、貪欲タイプの怒りだったりします。
つまり、相手に「わかってほしい」「こうあってほしい」「味方でいてほしい」という過剰な期待や要求が、
そうはならない現状に「怒り」をつくり出しているのです。

<対策>
こうした求めすぎタイプの怒りは、「私が求めすぎているんだな(欲求過剰なんだな)」と
客観的に理解することが、コツになります。
というのも、求めすぎている精神状態では、何も変わらないからです。
他人は、自分以上に変わりにくい(期待できない)相手なので、そのままでは、不満も、相手との衝突も、続いてしまいます。
そこで、求めすぎている状態に気づいて、「考え方を切り替えよう」と考えます。
「自分に今できることは何だろうか?」と、自分に聞いてみるのです。
体を動かす作業。自分の役割。自分にとって有意義で、楽しいこと。できることは、意外とたくさんあります。
自分の持ち分・領域のほうに心を向けることを基本とするのです。
こうした心掛けを、仏教の世界では「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」と表現します。
反応するより、自分の足元をよく見よう、という意味です。

《その2 怒りタイプの怒り》
ふたつ目は、「怒り」がつくる怒りです。
奇妙な言い方ですが、「すでにある怒りが、あらたな怒りをつくり出している」状態です。
たとえば、過去にイヤなことがあって、怒りが残っていたとします。
すると、心は、持続する(執着する)性質を持っているので、その怒りで別のことに反応しようとします。
その刺激となるのが、「不快な過去の記憶」や「他人の欠点」や、「これは許せない」と思える世間の話題です。
これらに反応して、新たな怒りをつくり出すのです。
これは、いわば「怒りの自家発電」。過去の怒りをエネルギーにして、新たな怒りを生んでいる状態です。
「怒りっぽい人」というのは、その一例です。
理性では「怒ってはいけない」と思いつつ、心に残っている「怒り」でつい反応してしまうのです。
怒りがぶり返すごとに、正しい言葉で切って返す

<対策>
この怒りにも「心の理解」から入ります。「過去の怒りが残っている。でも今は関係ない」と、はっきり自覚するのです。
心にくすぶっている怒りは、今とはなんの関係もありません。心にとどまっている「感情の残りかす」みたいなものです。だから、
「この残りかすの怒りだけ、解消すればいいんだな」と考えましょう。
そのうえで楽しいこと、たとえばスポーツとか、食事とか、気の合う友だちと飲みに行くことなどに時間を使って、
「怒りのお掃除」に努めます。
このタイプの怒りで大事なのは、後で「思い出さない」ことです。
過去の怒りは、過去のもの。思い出すだけ、自分がソンです。そこで、
「過去の怒りを、今怒る理由にはしない。忘れていい怒りなのだ」
と、言葉にして(念じて)みましょう。なかなか消えない怒りもありますが、
そうした怒りがぶり返すごとに、正しい言葉で切って返すのです。

《その3 妄想タイプの怒り》
もうひとつが、「妄想」が生み出す怒りです。妄想とは、現実に存在しない、頭の中にしかない思いのこと。
この妄想が実に厄介、しかもバラエティに富んでいます。
たとえば、イヤな過去を思い出して、怒りを再発させる。
これは、先ほどの「怒りタイプの怒り」ですが、最初の怒りを長引かせてしまうことに力を貸しているのが、
「記憶」という名の妄想です。
また、人がよくやる良しあしの「判断」――つまり「自分は正しい。
相手が間違っている」という思いや、他人と比較したり、優劣・勝ち負けにこだわったりという心理も、妄想にあたります。
さらには、怒らなくてもいい(怒ってもしようがない)ひとごと、たとえば世間をにぎわす事件や話題に、
「まったく!」と1人で憤慨している状態も、妄想して怒っている状態です。
つまり、過去も、判断も、ひとごとも、心の状態としてみるなら「妄想」です。これにとらわれると、暗い怒りが募っていきます。
「小さなことに腹が立つ」「なぜかいつもイライラしている」「最近楽しくない」と悩んでいる人は、大勢います。
こうした怒りの根っこにあるのは、妄想なのです。

<対策>
妄想への対策は、仏教の世界にはたくさんあります。
今回は、なかでも決定的に大事な心掛けを、ひとつ紹介しましょう。それは、
「事実と妄想は違う」
という理解です。これはシンプルですが、革命的な力をもった理解です。
事実とは、妄想の外にあるもの。いわば、脳の外・自分の外に客観的にあるものです。
今目の前にあるもの――その相手や、家族や同僚や、モノや、職場は、自分の妄想以外のところに存在している事実です。
これに対して、頭の中で、言葉で考え、映像で見るものは、妄想です。
この妄想が消えると、どうなるでしょうか? すると、妄想が作り出す怒りも、消えてしまいます。
たとえば、人間関係で考えてみます。相手がこちらに視線を向けてきた、イヤミを言ってきた、
非難・中傷をぶつけてきた、としましょう。
ここで反応すると、瞬時に妄想にのまれます。
つまり記憶に刻んで、思い出して、相手を裁いて、攻撃して、という精神状態に陥ります。これが、妄想が作り出す怒りです。
では「事実確認にとどめて、決して妄想しない」という態度なら、どうなるでしょうか。
求めないし、思い出さないし、判断もしない、としたら?
そのときは、「相手の言っていることは、理解できます(でも反応しません)」という態度に変わります。
もちろんなかなか難しいことです。でも、妄想さえ捨ててしまったら、多くの怒りは消えてなくなります。
そのことは、理解してもらえるのではないでしょうか。

■ブッダは妄想ではなく理解で返した
興味深い例として、『原始仏典』という古い仏教書のエピソードを紹介しましょう。
ある日ブッダは、嫉妬に駆られたバラモンに、さんざん悪口をぶつけられるという災難に遭遇しました。
周りの人は青ざめたり、激高したりと、騒然となりました。
でも、このときブッダが返したのは、意外な言葉でした。
「あなたがふるまったごちそうを客人が食べなかったら、その食事は、あなたのものになるだろう」と語り、こう続けたのです。
「私は、あなたが差し出す食事(つまり怒りの言葉)を受け取らない。だからそのまま持って帰るがよい」
平たくいうと、「あなたが食べるのは、あなたの自由だけど、私は食べません(反応しません)よ」というのです。
実に合理的で明快な返し方だと思いませんか。
確かに、外の世界も、他人も、いろんなことを言ってくるし、よからぬ考えを向けてきます。
でも、それに反応したら、自分の中に苦しみが生まれます。
その苦しみを長引かせるのが、妄想です。ひとの心には、記憶や、良しあしの判断、先行きへの不安や心配、
社会にあふれる情報や話題など、妄想する材料は、いくらでもあります。
しかしそのままなら、怒りは、いつまでも続くことでしょう。
だからブッダに学んで、「怒りをつくっている妄想に気をつける」のです。
そこで、こんな心構えで日常を過ごしてみましょう。難しいけれど、練習です――。

・外の世界・相手に、妄想から入らない。「期待」や「判断」に走らない
・そうした自身の思いに、「これは妄想」と、まずは気づく
・不愉快な相手には、「あなたにとっては、そうなのですね(理解はできます)」という立場に立つ

妄想せずに、理解から入るように練習するのです。相手に対しても、どんなときもです。

■「いざというときの考え方」を知っておくほど得をする
『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていく ブッダの超・合理的な「考え方」』
「でも、そんなこと口に出したら、余計に怒られます」と言う人がいます。それはそうです(笑)。心の中でやってください。
また、期待も、求める心も、妄想も、決してマイナスだけではありません。
やる気につながったり、仕事や人間関係に改善をもたらしたりと、プラスに働くこともあります。
ただ確実に必要といえるのは、問題が起きたときの「心の使い方」なのです。
その点で、2500年の蓄積をもつブッダの知恵を、生かさない手はありません。
怒りをつくっている本当の原因に気づいて、正しい心の使い方に戻ること。
こうした心掛けで暮らしていけば、小さな怒りを引きずることは減っていきます。やってソンはありません。
練習次第で、心は変えられます。幸福、充実、軽快、満足という、もっと大切な心に向かって、いざ、精進!

電話は嫌い、非通知出ない 人事も驚く今どきの就活生

電話は嫌い、非通知出ない 人事も驚く今どきの就活生
2017/3/8
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO13579300S7A300C1000000?channel=DF180320167086&style=1

「学生が電話に出てくれない」――。3月1日に解禁となった2018年卒の採用活動。
浪人や留年などの寄り道なしで卒業予定であれば、1995~96年生まれの大学生たちは、
生まれたときからの携帯電話世代だ。彼らの通信手段は「LINE」「ツイッター」がほとんど。
就職活動になって初めて、「見知らぬ大人との電話コミュニケーション」に直面、とまどう学生も少なくない。
通信手段の変化が、就活に思わぬハードルをもたらすこともあるようだ。

■電話対応、採用の評価に
 「電話、やっぱり嫌ですよね。アポの調整はメールがいい」。早稲田大文学部3年の女子大生はこう話す。
さらに「知らない番号は気になる」という。就職活動を本格化し始めた昨年秋ごろから、
登録した就職支援会社から、イベント勧誘の電話が頻繁にかかってくるようになった。
「何時にかかってくる、とあらかじめわかっていれば対応できるけど……」と不快感を隠さない。
就活生には電話1本かけるにも事前のアポイントメントが必要なのか。
 企業の人事担当者はどう感じているのだろう。
 主に海外など遠隔地にいる就活生向けに、無料ビデオ通話ソフト「スカイプ」を使った面接も一部受け付けるなど、
採用活動にデジタルメディアを広く活用している携帯電話大手、ソフトバンク。
しかし、社会人になってから期待するマナーは違うようだ。採用・人材開発統括部の源田泰之統括部長は、
「チームでやる仕事が多いし、コミュニケーションスキルは仕事の成果にかかわる。
さすがに電話が全然できないのは困る」という。
 ある東証マザーズ上場のアプリ開発会社の人事担当者は「電話の対応はチェックする」ときっぱり。
面接やインターンシップ(就業経験)など、「よそ行き」の顔がいくらしっかりしていても、
電話のやりとりができなければ評価が下がるそうだ。
また、この会社はメールの返信の早さ、遅さなどの対応力も見ているという。
 その一方、「『未登録の03ナンバーは怪しい』と思われているのだろう」と、電話に出ない学生の行動に理解を示した。
着信履歴を見たらまず検索でチェックし、企業名を確かめてから折り返す、という動きは、
IT(情報技術)リテラシーの高い学生には当たり前の自己防衛なのかもしれない。
 どちらにしても、インターネット上にマニュアルが流布する今だからこそ、
メールや電話の対応力が「学生の素を見たい」という採用担当者にとって絶好の機会の一つとなっているようだ。
 マスコミに勤務する30歳代の女性は、送られてきたOG訪問の依頼メールに感心した。
「拝啓」に始まり「敬具」まで、非常に丁寧な文面だったためだ。ところが、実際に会ってみて、もっと驚いた。
「会ってみたら目をあわせてくれないし、ずっと、おどおどしていた。メールではしっかりしていたのに……」。
電話にかぎらず、面と向かっての対応が苦手、という学生は多い。

■「非通知」なんてありえない
 「学生は電話が苦手」と断言するのは、20年以上採用市場を見てきた就職情報大手、
マイナビ(東京・千代田)の栗田卓也HRリサーチ部長だ。
今どきの就活生は、LINEや フェイスブックの無料対話アプリ「メッセンジャー」など、
文字だけのコミュニケーションに慣れている世代だ。しかも、同世代の友人とのやり取りがほとんどなため、
「急に大人と接触する機会が訪れたり、電話で話そうとしたりすると緊張してしまう」(栗田部長)。
さらに、「非通知」の電話には出ないという学生が少なくないという。
 人事が番号非通知で学生に電話をかけてくることもままある。
採用現場の苦悩を描いた小説「あの子が欲しい」の作者、朝比奈あすかさんは、
「非通知での電話連絡は、できるかぎり情報を開示せず人を採りたい、という採用側の傲慢さが出ている」という。
 ただ、非通知は必ずしも故意とは限らない。栗田部長は「学生がつかまらないと嘆く人事に、
もしや『非通知では』と確認すると、意図せず設定されていた、というパターンがある。
オジサンはITに弱くて」と苦笑い。小さな確認もれで優秀な学生を取り逃がすケースもありそうだ。

■友人とのコミュニケーション、電話は1.3%
 マイナビが17年2月に18年卒の就活生を対象に実施した「ライフスタイル調査」では、
友人とのコミュニケーションに使うツールはなんと9割がLINEだった。一方、電話は1.3%とごくわずか。
スマートフォンの保有者は98.5%と「ほぼ全員持っている」状態だが、通話の頻度は少ないようだ。
 しかし、実際に日々仕事に向かうビジネスパーソンは誰もが
「『電話が苦手なので』では仕事にもならない」と即答するはずだ。
前述の栗田部長も、「電話のコミュニケーションに慣れていないのなら、就活で慣れたほうがいい」と進言する。
日々の仕事で必要なスキルだからこそ、面接官がチェックしている。
 学生諸君は「面接以外の場面でもチェックされているなんて」と負担に思わず、
この機会に「大人との電話コミュニケーション」を克服してはどうだろうか。
(松本千恵)

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私も電話は苦手だ。
今とは時代が違うが、はるか昔の大学生の就職活動での電話のやりとりもとても緊張した。
あらかじめ台本を作っておいたり、ひとりで練習したりもした。
予想外のことを言われたりすると、しどろもどろなってしまったりもした。
だから今の学生の気持ちもよくわかる。
今は非通知の電話に出ないことは、特別なことでもない。
携帯でも、固定電話でも非通知をはじく設定にしている人も少なくないと思う。
電話の対応力は必須という人事担当の人の言い分はもっともだが、
押し売り電話じゃあるまいし、せめて企業は非通知はやめてほしいと思う。

<円谷幸吉>国民の心打った英雄

河北新報より
<円谷幸吉>国民の心打った英雄

◎敗れざる人(1)今に生きる/駆け抜けた27年の生涯

冬の風物詩、東京箱根間往復大学駅伝。陸上の長距離走に親しむ者なら誰もが憧れる舞台だ。
今年、精鋭たちを率いた監督20人のうち5人までが福島県出身者だった。
 駒大の大八木弘明(会津若松市出身)、東洋大の酒井俊幸(石川町出身)、早大の相楽豊(郡山市出身)、
日大の武者由幸(相馬市出身)、国士舘大の添田正美(須賀川市出身)。
 ランナーに目を向ければ、往路4区で須賀川市出身の阿部弘輝(明大1年、学法石川高出)が疾走した。
 長距離と福島。関係性を考えていくと、ある人物の姿が浮き上がってくる。

<地元に夢引き継ぐ>
 円谷幸吉(1940~68年)。1964年東京五輪のマラソン銅メダリストで生まれと育ちが須賀川市。
メキシコ五輪が行われる68年の1月9日、所属する自衛隊体育学校(東京都練馬区)の宿舎で
右頸(けい)動脈をカミソリで切り、自死した姿で見つかった。
 時に、「明」よりも「暗」を強調される選手でありながらも、地元にはスポーツ少年団「円谷ランナーズ」や
「円谷幸吉メモリアルマラソン大会」があり、第2の円谷を育てようという夢が引き継がれている。
 箱根を走った阿部はここから巣立った。地元の岩瀬郡市陸上競技協会理事長の本田実(65)は
「(阿部が箱根駅伝を走り)階段を一つ上ることができた。いつか五輪選手が出ればうれしい」と感慨深げだ。
 なぜ、円谷の名は半世紀たった今も色あせないのか。
瀬古利彦や有森裕子らはどうして生家や菩提(ぼだい)寺にまで足を運び、冥福を祈るのか。
 時計の針を68年に戻す。社会全体は騒然としていた。ベトナム反戦運動が国内外で高まりを見せ、
全共闘が生まれて大学紛争が激しさを増した。この年、日本は国民総生産世界2位の経済大国になる一方で、
公害や交通戦争など高度経済成長のひずみも顕在化した。
 いわば「時代の転換点」での円谷の死だった。

<栄光のメダル重く>
 遺体発見時、都内在住だった姉、岩谷富美子(82)は小さな子をおぶって親族で一番に駆け付けた。
6男1女の末っ子幸吉とは6歳違い。最愛の弟の頬を両手で包み込み、
「泣きながらさすった時の冷たさを今も覚えている」。それは、頼れる人がいなかった円谷の心に触れた、ともいえる。
 当時の河北新報は円谷の死をこう伝えた。見出しは「重かった栄光のメダル」「故障続きにあせり?」。
東京五輪で国立競技場を埋め尽くした7万5000の大観衆の中、英国のヒートリーに抜かれ3位に後退。
レース後、「4年後のメキシコ大会を目指す」と国民に「約束」したことで、かえって円谷は呪縛に陥ったのか。
 期待の重圧に敗れ去っていく選手は、過去にも今にもあまたいる。
しかし、円谷は想像もできないほどの栄光を極め、やがて誰も経験したことのない挫折感に打ちのめされた。
人はそのことを知っている。だからこそ、あの「遺書」に胸を締め付けられ、涙する。



 戦後最大のイベント、東京五輪が生んだ英雄、円谷幸吉が亡くなって五十回忌を迎えた。
27年の短い生涯を駆け抜けた円谷の姿はわれわれに何を残すのか。(敬称略)
(宮田建)

◎円谷幸吉の遺書全文

【親族宛て】
(1枚目)
父上様 母上様 三日とろゝ美味しう
ございました、干し柿 もちも美味しうござい
ました、
敏雄兄、姉上様、おすし美味しうござい
ました、
勝美兄姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しう
ございました、
巌兄姉上様、しそめし、南ばんづけ美味しう
ございました、
〓久造兄姉上様、ブドウ液、養命酒美味しう
ございました、又いつも洗濯ありがとうございました、
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き
有難とうございました、モンゴいか美味しうござい
ました。
正男兄姉上様、お気を煩わして大変申し訳
(2枚目)
ありませんでした、
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、
ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、
ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、
恵子ちゃん、幸栄君、
裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になって下さい。

父上様 母上様 幸吉は、もうすっかり
疲れ切ってしまって走れません
  何卆 お許し下さい。
気が休まる事なく、御苦労、御心配をお
掛け致し申し訳ありません、
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました、

【体育学校上官宛て】
校長先生 済みません、
高長課長 何もなし得ませんでした、
宮下教官 御厄介お掛け通しで済み
ません、

企画室長、お約束守れず相済みません、

メキシコオリンピックの御成功を祈り
上げます、
 一九六八・一、

[つぶらや・こうきち]1940年5月13日、福島県須賀川町(現須賀川市)で出生。
同町の小中学校、須賀川高を経て陸上自衛隊に入隊。
八戸教育隊、第6特科連隊(郡山市)を経て、62年自衛隊体育学校特別体育課程の1期生として入校。
64年東京五輪の男子1万メートルで6位入賞、マラソンで銅メダル。65年河北文化賞受賞。
67年3月、中大第二経済学部(夜間)を卒業。
68年1月9日午前、体育学校幹部宿舎の自室で自死している姿で発見された。
命日は同8日。163センチ、53キロ(東京五輪代表選出時)。
【注】〓は「七」を3つ重ねた字

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170109_64025.html

真田丸

真田丸の最終回は、今一つだったかも。

さんざん番宣して盛り上げ、
サブタイトルなしとか、クランクアップ非公開とか
いろいろ期待させていた割には、肩透かしを食らった気分。

秘密にしたかったのは死に方?
通説で言われているように、追い詰められた後、雑兵に「手柄にせよと」斬らせて討ち死にしたのではなく
父直伝の手口で敵をおびき寄せて斬った後、自害した この部分なのだろうか。

それが駄目だったというわけではないが
あまり感動しない、すっきり感のない最終回だった。
不完全燃焼というかなんというか…
話の筋上では、「生き切った」のかもしれないが
信繁の燃焼感というか、生き切った感の描き方が(演じ方ではない)足りなかったからなのかもしれない。
はっきりと死を描いた人数も少なく、史実では死んだ人でも
ドラマ上でははっきりしなくてもやもやする。
ラストの正信、信之のシーンは良かったが。

でも一年を通して全体を振り返ってみると、結構楽しめた大河だったと思う。
同じく三谷氏作の大河の新選組!ほどではないものの、毎週楽しみにしてした。
去年のアレや官兵衛や江や天地人に比べれば、間違いなく面白い。
家康や昌幸等の周囲はとても良かった。

来年はものすごーくつまらなさそう。
つまらなくても、キャストが良ければ見るのだが、それもなし。
なんとなく顔が嫌いな某俳優も出るし
(官兵衛や新選組!にも出てたけどそのときは我慢してたが来年は出番が多そう)
(顔だけで言えば、今年の人もどちらかというと苦手だが)
おそらく見ない。
再来年もつまらなさそう。
西郷さん役の人が残念。原作・脚本の人もどちらも苦手。
再来年は、大河として成立するのかどうか。かといってコメディにするのも難しそうな感じ。
脚本の人には出来れば大河に手を出してほしくない。
しばらく大河は休みか。
ビフォーアフターも終了してしまったし
憂鬱な日曜日の夜をどう過ごすが、考えたい。


ところで昨日の記事で
黒田何某さんが出ていたドラマを未成年と書いたけど人間・失格だった。
今日の紅白の歌が決まったニュースでKinKi Kidsを見て、はっきり思い出した。
あ~この子達と出てたドラマだったと。



東北・北陸新幹線 仙台ー金沢で初の直通運行

東北・北陸新幹線 仙台ー金沢で初の直通運行
11月7日 12時35分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161107/k10010758401000.html

北陸新幹線が開業した石川県や富山県に、東北から観光客を呼び込もうと、
仙台と金沢を直通で結ぶ臨時の新幹線が、7日に初めて運行されました。
臨時の新幹線は、東北新幹線から北陸新幹線へ大宮駅で乗り換えることなく、直通で運行され、
今回初めて仙台駅と金沢駅の間を1往復します。

7日午前、ふだんは北陸新幹線を走る「E7系」と呼ばれる車両が仙台駅に姿を見せ、
新幹線を利用するツアー客およそ800人のほか、鉄道ファンなどが出迎えました。
群馬県から夫婦で来た50代の男性は「東北を走る北陸新幹線の車両に乗れるのでわくわくドキドキです。
たくさん写真を撮って、北陸ではとれたてのカニを食べてきたいと思います」と話していました。
臨時の新幹線は午前10時36分に出発し、途中の大宮駅では、進行方向が変わるため、
乗客が自分たちで座席の向きを反対にし、富山県の黒部宇奈月温泉駅や富山駅などに停車したあと、
金沢駅に午後2時半すぎに金沢に到着しました。
改札口では、ミス百万石や加賀友禅を着た着物姿の女性たちが乗客を出迎えました。
福島市から訪れた女性は「金沢まで乗り換えがないのはとても便利だと思いました。
駅では着物姿の女性に迎えられ感激しました。金沢を満喫したいです」と話していました。
このあと、乗客はそれぞれの目的地へバスで向かいこのうち、金沢市内を中心に観光する団体客は金沢城公園を訪れ、
国の重要文化財に指定されている石川門などについて、ボランティアガイドの説明を受けていました。
仙台から訪れた男性は「金沢城公園は、初めて来ました。直通新幹線で来られるならまた来てみたいです」と話していました。
また、添乗員の女性は「仙台と金沢が近く感じました。今後も直通新幹線が運行するのであれば、
お客さんに北陸も勧めたいです」と話していました。
JR東日本仙台支社の百々潤司営業部長は「今回のツアーが成功すれば、
次は北陸のお客様が東北に来てもらえるような催しも考えていきたい」と話していました。

<花春酒造>事業譲渡 新会社で経営再建へ

<花春酒造>事業譲渡 新会社で経営再建へ
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201609/20160930_62001.html

約300年の歴史を持つ老舗酒蔵の花春酒造(福島県会津若松市)は29日、
経営悪化などを理由に酒造事業を、地元ゆかりの経済人5人が出資した新会社に譲渡したと発表した。
新会社は社名を引き継ぎ、「花春」のブランド、従業員約20人の雇用を維持する。
社長には地元出身の出資者の一人で、幸楽苑ホールディングス(HD、郡山市)社長の新井田伝氏(72)が就いた。
花春は1718年創業でピーク時の1978年には37億円の売上高を記録。
日本酒市場の縮小や消費者の好みの変化で、主力の普通酒の不振が続いて経営が悪化。
東京電力福島第1原発事故の風評被害も重なり、昨年の売上高は約2億5000万円に落ち込んだ。
新会社は資本金3000万円。会津若松市神指町の工場で、これまで通り酒造りを続ける。
新井田氏は個人としての出資で、幸楽苑HDと新会社との間に資本関係はない。
旧会社は「神指興産」と名称を変更し、不動産売却などで総額約5億円の負債整理に当たる。
創業家の宮森泰介氏(59)が引き続き社長を務める。
会津若松市役所で記者会見した宮森氏は「倒産回避を目指したが、力不足だった。
より良い花春になるはずで(譲渡を)前向きに捉えている」と強調。
新井田氏は「営業次第で結果は出せる。売り上げを5億円に倍増するのは難しいことではない」と述べた。
福島県の日本酒は全国的に高い評価を受けているが、
6月には栄川酒造(磐梯町)が東京の食品関連会社の傘下に入るなど経営再建の動きが出ている。
2016年09月30日金曜日


花春のお酒は大好きなので寂しいニュース。
味は変わらず、今まで通りでいてほしい。

ひすい、「日本の石」に選定 日本鉱物学会の記念事業

ひすい、「日本の石」に選定 日本鉱物学会の記念事業
増田洋一
2016年9月24日18時41分

日本鉱物科学会は24日、ひすいを「日本の石(国石)」に選定した。
この日金沢市であった総会で、会員が投票して決めた。
学会の一般社団法人化に伴う記念事業の一環として企画された。
選考対象になっていたのは、日本で広く知られた国産の石で、
鉱物科学や地球科学の分野にとどまらない世界的にも重要性を持つ石。
学会は第1次候補の11種から、会員以外の意見も募って5種(花崗岩(かこうがん)、
輝安鉱、自然金、水晶、ひすい)に絞り込み、この日の投票に臨んだ。
第1回投票の上位2種で決選投票がおこなわれ、71票のひすいが52票の水晶を上回った。
ひすいが国石にふさわしい条件として、学会は
①日本でも採れる宝石として有名
②有名な緑に加えてラベンダー色などの多様性と半透明の風合い
③世界で最古のひすい文化(約7千年前)となったこと――などを挙げている。

ひすいは2008年に新潟県糸魚川市が「市の石」に、
今年5月に日本地質学会が「新潟県の石」に選んでいる。
糸魚川市の米田徹市長は「ひすいを郷土の誇りと宝としてきた糸魚川市、
また、北海道から九州にかけて点在するひすいの原産地を持つ地域にとって、
これ以上の喜びはありません」とコメントした。
一方、日本地質学会は、47都道府県の「県の石」を選んでホームページなどで公表している。
(増田洋一)

http://www.asahi.com/articles/ASJ9S5WZSJ9SUBQU00T.html

斎藤一の写真初公開=新選組で活躍-福島・会津若松

斎藤一の写真初公開=新選組で活躍-福島・会津若松
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016091500744&g=soc

 幕末に新選組隊士として活躍した斎藤一の肖像写真など5点が、
福島県会津若松市の県立博物館で初めて公開されている。
これまで斎藤の鮮明な写真は見つかっていなかった。

 斎藤は1844年に江戸で生まれ、新選組の三番隊組長として池田屋事件などに参加。
沖田総司らと並び最強の剣士の一人とも伝えられる。
会津藩が新政府軍との戦いで敗色濃厚となる中、「(会津を去るのは)誠義にあらず」と戦い続けた。
その後、会津藩士の娘と結婚。警視庁に勤務し、1915年に没した。
 5点は、昨秋に見つけた子孫が今年7月に寄託。本人の肖像のほか、妻や息子と写った写真もある。
15日、同館を訪れた佐藤みち枝さん(62)は「最後まで会津を愛してくれていたのかなと思う」と
話していた。(2016/09/16-12:31)

しゃっくりの止め方

指を耳穴に、舌を引っ張る!?…しゃっくりの意外な止め方
読売新聞(ヨミドクター) 9月1日(木)12時10分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160901-00010001-yomidr-sctch


 しゃっくりがなかなか止まらず、呼吸が苦しくなったり話しづらくなったりして
いらいらした経験のある人も多いだろう。どういう仕組みで起き、どうしたら止まるのか。
 藤田保健衛生大学(愛知県豊明市)准教授で医師の近藤司さんによると、
しゃっくりは、肺を動かして呼吸させる横隔膜が強く収縮して
息が早く吸い込まれるのと同時に、声帯が急に閉じられる現象だ。
しゃっくりの役割は不明だが、生物が水中から陸上に上がり、
えら呼吸から肺呼吸に切り替わる過程で、肺に水が入らないよう気管を塞ぐ仕組みの名残という説がある。
 しゃっくりの際には「ひっく」という音が出る。「ひっ」は声帯が急に閉じようとする時の
声帯の振動音で、「く」は声帯が閉じて息が止まった時の音だという。
 なぜ、横隔膜の収縮と声帯の閉鎖が同時に起こるのか。
「しゃっくりの指令センターである延髄のしゃっくり中枢に、刺激が与えられるからです」と近藤さん。
 炭酸飲料を飲む、慌てて食べる、激しく笑う、せきをする――などの刺激が、
のどに分布する舌咽神経から、延髄のしゃっくり中枢へと伝わる。
延髄は横隔神経を通じて横隔膜を収縮するよう、迷走神経を通じて声帯を閉じるよう、同時に指令を出す。
 ただ、こうした刺激で常にしゃっくりが出るわけではない。
しゃっくり中枢は普段、GABA(ギャバ)と呼ばれる神経伝達物質により、
しゃっくりが出ないよう脳から抑制を受けているためだ。
「この抑制よりも刺激が強くなると、しゃっくりが起きる」と近藤さんは説明する。
一度起きるとすぐには止まりづらいのも特徴だ。
 抑制する力を減らす例としては、飲酒や一部の薬の服用などがあげられる。
また、子どもは大人に比べて発達が未熟で、GABAによる抑制が効かず、しゃっくりが起きやすいという。

指を耳穴に、舌を引っ張る!?…しゃっくりの意外な止め方
 しゃっくりは自然に止まるので、気にせずに待てばよい。
だが、会議や宴会であいさつをしたり、半日ほど続いて不自由を感じたりするような場合は、
「何らかの刺激を与えると、しゃっくりは止まりやすくなる」と近藤さんは助言する。
 近藤さんが薦める止め方は、人さし指を両耳に強く入れて30秒ほど押すか、
舌を30秒ほど引っ張る方法だ。「どちらも舌咽神経にしゃっくりを抑制する刺激が入ると考えられる」と話す。
このほか、誰かに驚かしてもらうというよく知られる方法も有効という。
ただし、いずれも絶対に止まるというわけではない。
また、ぜんそくや心臓病、脳卒中などの人はこうした刺激は避けた方がよい。
 しゃっくりが長引く場合は注意が必要だ。48時間以上続くと「慢性」、1か月以上だと「難治性」と分類される。
 慢性や難治性の場合、吐き気や 倦怠(けんたい)感、呼吸困難、不眠に悩まされることがある。
また、難治性の人が脳梗塞や悪性腫瘍などを患っている例もあるという。
「喫煙と飲酒が重なるなどの生活習慣が影響している場合があるので、見直してほしい。
それでもしゃっくりが1か月以上続くなら、病院に相談を」と近藤さんは話す。

斎藤一の写真見つかる 53歳当時、新選組生き残り

斎藤一の写真見つかる 53歳当時、新選組生き残り
2016.7.15 08:18更新
江戸時代末期に反幕派を取り締まった新選組の幹部として活動し、明治維新後も生き残った斎藤一について、
明治30年の1897年に妻や息子2人と共に撮影した写真が残されていたことが15日、
歴史研究家のあさくらゆうさん(47)や子孫らへの取材で分かった。
斎藤は残された史料や写真が非常に少なく謎が多い人物とされており、これほど鮮明な写真が見つかるのは珍しい。.
撮影当時、斎藤は53歳で、東京高等師範学校(現筑波大)に勤務。
家紋が入った羽織はかま姿で脚の上に帽子を置いて、同じく着物姿の妻トキヲと並んで手前のいすに座り、
その後ろには軍服姿の長男の勉と着物姿の次男の剛が立っている。
斎藤が住んでいた東京・本郷にある「写真師 中黒実」のスタジオで撮影したとみられ、
卵白を原料に使った縦約14センチ、横約10センチの鶏卵紙にプリントされている。
http://www.sankei.com/photo/story/news/160715/sty1607150004-n1.html





産経west より

2016.6.18 09:02更新
近藤勇の第一声は「御上意!」 これが〝誠〟の池田屋事件
 「手向かいすれば容赦なく斬る」ではなかった? 会津松平家資料に記録

 幕末の京都で、長州や土佐などの過激派志士が襲撃された「池田屋事件」の際、
2階に踏み込んだ新選組局長の近藤勇が発した第一声は、
将軍や主君の意思であることを示す「御上意」だった可能性があることが18日、
宮内庁宮内公文書館に保管されている会津松平家の資料で分かった。
 ドラマなどでは「手向かいすれば容赦なく斬る」と警告する場面が多いが、
今回の資料にこの言葉はなかった。これまで知られていなかった新たな言葉の登場は、歴史ファンの関心を呼びそうだ。
 資料は「維新階梯雑誌」で、会津藩主松平容保が京都守護職になった1862年以降の出来事を明治時代に編纂。
一部が引用されるなどして存在は知られていたが、31冊が同館にそろっているのを
埼玉県の歴史研究家、伊藤哲也さん(47)が確認した。
 1864年の池田屋の場面では、近藤が亭主とやりとりした後、2階に上がると、6、7人が車座になっていたと記述。
「座中を割って奥へ赴けば、一同(刀を)抜いて斬り掛かってきた」「此の方御上意と大音声で(叫んで)踏み込んだ」と続く。
後に近藤が「(相手は)御上意に恐れをなした様子。いまだ徳川のご威光は尽きず」と述懐したとも書かれている。

 これまでは、1階にいた幹部隊士で、大正まで生きた永倉新八の回顧録から、
近藤はまず「手向かい致すにおいては容赦なく斬り捨てる」と警告したとされてきた。
 新選組はこのころまだ目立った功績がなく、近藤は攘夷を実行しない幕府に失望し、
解散の意向を伝えるなど進退に悩んでいた。しかし、事件後ほどなくして西洋の軍事力の強さを知り、
佐幕の傾向を強めていったとされる。
 新選組研究の第一人者として知られる菊地明さんは「上意という言葉は初めて知った。
『手向かい致せば』も言っていたとしても矛盾はしないと思う。予想外に相手がひるんだので将軍の威光を見直し、
あくまで徳川が力を持つことで攘夷を目指す思想につながったのかもしれない。膨大な資料は大きな価値がある」としている。


池田屋事件 
1864年6月5日夜、京都三条の旅館「池田屋」に集まっていた長州や土佐、肥後などの
過激派志士20人ほどが新選組に襲撃され、10人以上が死亡、捕縛された事件。
新選組は会津藩などの援軍がないまま単独での突入を決意。
近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助の4人で踏み込み、その後土方歳三らの別隊が駆け付けた。
主に幕府側の資料によると、志士たちは京に火を放って天皇を長州に連れ去ることを企てていたとされる。
新選組は少人数で暴挙を阻止したとして一躍名を上げ、後に全員が幕臣に取り立てられるまでに至った。

http://www.sankei.com/west/news/160618/wst1606180029-n1.html
http://www.sankei.com/west/news/160618/wst1606180029-n2.html

左向きのカレイ

カレイ
あれ?左向きだ 上越水族博物館で展示
毎日新聞2016年6月14日 20時35分(最終更新 6月14日 21時45分)
http://mainichi.jp/articles/20160615/k00/00m/040/061000c

 「左ヒラメに右カレイ」−−。ヒラメとカレイの見分け方の常識を覆す「左向き」のカレイが新潟県内で見つかった。
同県上越市立水族博物館がホルマリン標本にし、今月11日から展示している。
 同館によると、今月1日に同県糸魚川市の鮮魚店から「変わった魚が揚がった」と連絡があった。
職員が確認したところ、ヤナギムシガレイ(体長約20センチ)だったが、まさかの左向きだった。
 地元ではおなじみの魚で、腹を手前にすると目が右側に来るはず。県水産海洋研究所の担当者も
「見たことがない。理由は不明」と首をかしげるばかり。来館者の目をくぎ付けにしそうだ。【浅見茂晴】

杉田水脈のなでしこリポート(4)

2016.5.6 11:30更新
【杉田水脈のなでしこリポート(4)】
熊本地震で生かしたい阪神大震災の経験 懸念されるのはピース・ボートなど左翼団体の暗躍です

4月14日に発生した熊本の震災で犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、
被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。
私が27歳の時に阪神淡路大震災がありました。神戸の実家は全壊。
すでに結婚して大阪に住んでいましたが、西宮市入所2年目で、未曽有の大被害を前に途方にくれたことを思い出します。
それでも当時はまだ若かったので、文字通り「不眠不休」で働きました。
お役所のやることはよく「前例踏襲」「横並び」といわれますが、踏襲する前例もなく、他県他市も経験したこともない事態。
ベテランから若手まで、状況を見て現場で即判断、即行動、その繰り返しです。
判断基準は「目の前の被災者の方にとって何が一番か?」。
当然、責任は自分で撮る覚悟で腹を括らないといけません。
のちにこの時の「心の葛藤」の事例を広く集め、神戸市の職員と京都大学のコラボレーションによって
「クロス・ロード」というゲームが開発されました。現在、地域の防災意識を喚起するために全国で活用されています。
また、この時に初めて、自衛隊の皆さんの活躍を間近に見ることができました。
兵庫県知事からの支援要請が遅れたことと、当時はまだ自衛隊の車両は国道しか通行できないなど、
動きに制限があった中でも彼らの働きは素晴らしかったです。
救援物資を運ぶのも炊き出しを行うのも慣れた手つきでてきぱきと行われます。
いつ起こるかわからない自然災害に備えて、
自衛隊の皆さんは普段からいったいどれだけの鍛錬を積んでいらっしゃるのだろう
そう思っただけで胸が熱くなりました。

今回の震災でも全国から集まった自衛隊員は命がけで住民救助活動を行いました。
どれだけの命が自衛隊員の手で救われたでしょう。21年前を思い出してまた感謝の気持ちが膨らみました。
私が震災経験者としていつも言っているのは、初動態勢の時はそれぞれのプロに任せるべきで、
素人の県外ボランティアは現地入りを控えたほうがよいということです。
私が働いていた西宮市の現市長、今村岳司氏もおっしゃっています。
例えば急にボランティアで駆けつけて「お手伝いできることはないですか?」と言われても、
被災地自治体に「その人の対応をする」という仕事を増やしてしまいます。

例えば被災地に突然何かを送っても「置き場所を確保するなどの対応」という仕事を増やしてしまいます。
被災地はたいへんな混乱の中で、被災地行政職員を中心に不眠不休の対応をとっております。
「混乱を収拾する」ことこそが最大の仕事になっています。被災地に「人命救助」を最優先させてあげてください。
「被災地を混乱させないこと・仕事を増やさないことが今できる最大の支援」(今村岳司西宮市長フェイスブックより)なのです。
それでも、被災地に向けてなにかしたいと思っている方もたくさんいらっしゃると思います。
今私たちにできること。それは、「今やるべきことを一生懸命やること」です。
仕事かもしれません。勉強かもしれません。子育て中のお母さんはお子さんにいっぱいの愛情を注いであげてください。
介護をしていらっしゃる方は親御さんを大切にしてあげてください。それが被災地支援につながります。

よく「自粛モード」ということで、イベントなどを中止するところがありますが、私は予定通りにやった方がよいと思います。
日本の一地域が被災して全く機能しない。これをその他の地域でカバーしなくてはいけません。
また、これから復興には多大なお金がかかります。大事なのは経済活動です。
被災地の分も私達が頑張って回していかなくてはなりません。
イベントを中止して損失を出すより、予定通りに実施して、少しでも被災地に為に寄付をした方がいい。
そして、イベントの冒頭に黙祷を行って犠牲者の方々のご冥福を祈りましょう。
被災地で愛する人や土地を失った方々のことに思いを馳せ、
そして不眠不休で任務に当たっていらっしゃる自衛隊や消防、救助隊、行政の方々に「お願いします!」の
思いを胸に今日もお仕事、頑張りましょう!

さて、ここからはその被災地に押し掛ける困った人の話をしたいと思います。
宮城県石巻市に視察に行ったとき、案内をしてくださった自民党の市会議員さんから聞いた話です。
ピースボートという団体が仮設住宅の自治会に入り込んで、自立しようという被災者に対して
「いや、自治体にこんな要求をしたら、お金がもっと取れますよ」とレクチャーしており、
現地の良識ある被災者や行政担当者はとても迷惑しているというのです。
阪神淡路大震災の事例も引っ張り、「神戸の仮設住宅に入っていた被災民の話を聞きに行きましょう」と
お金を出して神戸まで連れて行っているそうです。
阪神淡路大震災が起きた頃は、生活支援法が無かったので、自立再建するしかなかった。
自己資金でみんな再建したのです。
今は支援法もあって、お金も貰っているのに自立しようとせず、被害者利権を振りかざす。
交通事故の時に最初はそうでもなかったのに周りの人からいろいろ入れ知恵されて
どんどん要求がエスカレートするなんてことがあります。それに似ています。
その指南を左翼団体が行っているのです。
生活保護の受給をあっせんするなどというこれまで培ったスキルを駆使して、
言葉巧みにお金を貰うことだけを吹き込むのが左翼です。
このピースボートとは、全国の店舗などにポスターを貼っている地球一周船の旅のピースボートです。
私は、衆議院議員時代、震災復興委員会でこのことを取り上げて質疑を行いました。
このピースボートという団体の欺瞞性を暴き、その上で石巻の現状を問いました。
すると「このピースボートとそのピースボートは違います」みたいな答弁が返ってきたんです。
民進党の辻元清美氏が学生時代に始めたというみなさんおなじみの世界一周のピースボートと、
石巻に入り込んだピースボートとの関連性は認められませんという答弁です。
同じ名前を使っているし、そもそも船旅のピースボートのホームページを見たら、
石巻へボランティアに行きましょうと記されています。
それなのに「別団体で登録されています」といって、うまく逃げられました。
復興庁としては、こちらの追及も交わしたいわけです。私の言っていることを認めて
「これはそうですね」と言ったら次は「なんとかします」となる。
そんなこと言ったら、自分の仕事が増えるだけだから「なんとかします」という答弁はしたくないわけです。

その結果、どうなったか?
すでに熊本にピースボートが乗り込んでいます。自然災害に対する左翼の動きはとても速いです。
西宮市職員時代、水害が出た地域に泥出しボランティアで行ったことがありますが、
いち早く共産党の議員が来ていました。本当に共産党は一番に現地入りします。
何をしているかというと一軒一軒とインターホンを押して「何か困ったことないですか。
困ったことがあったらここに来てください、電話してください」ってビラを配っているのです。
別に長靴履いて泥出しをしているわけではありません。
人の不幸につけこんで政治活動やっているわけですが、共産党をはじめとする左翼の人たちはそれを徹底的にやります。
少しでもこの実態を明らかにして、彼らが震災利権に食い込むのを止める。
それも我々良識ある保守派の使命だと思っています。

■杉田水脈(すぎた・みお) 昭和42年4月生まれ。
鳥取大農学部林学科卒。西宮市職員などを経て、平成24年に日本維新の会公認で衆院選に出馬し、初当選。
平成26年に落選後は、民間国際NGOの一員として国際社会での日本の汚名を晴らすため活動を続けている。
好きな言葉は「過去と人は変えられない。自分と未来は変えられる」。


http://www.sankei.com/affairs/news/160506/afr1605060009-n1.html
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