仙台で37度3分 観測史上最高

仙台で37度3分 観測史上最高
08月01日 18時47分
東北 NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20180801/0002198.html

1日の県内は、仙台市で観測史上最高となる37度3分を観測するなど、県内各地で35度以上の猛暑日となりました。
2日も各地で30度を超える見込みで、気象台は水分をこまめに補給するなど、
熱中症に対し十分な対策をとるよう呼びかけています。

1日の県内は午前中から気温が上がり、午後6時までの最高気温は、
仙台市が37度3分で観測史上最高を記録したほか、
仙台空港でも8月としては観測史上最高となる37度2分を記録しました。
県内の22か所の観測点のうち、丸森町や石巻市、それに蔵王町など9か所で35度以上の猛暑日となりました。
消防によりますと、県内では午後4時半までにあわせて26人が熱中症の疑いで病院に搬送されたということです。
この暑さは2日も続く見込みで、日中の最高気温は仙台市で34度、
大崎市古川と白石市で33度、石巻市で32度などと予想されています。
気象台は2日も熱中症の危険が特に高くなる見込みだとして、
暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、熱中症に対し十分な対策をとるよう呼びかけています。

観測史上最も高い37度3分を観測した仙台市にある動物園では、動物たちの暑さ対策に追われました。
仙台市太白区にある「セルコホームズーパラダイス八木山」では、
仙台市で気温が35度以上の猛暑日となるなど暑い日が続いたことから、動物たちの暑さ対策を進めています。
このうち、ホッキョクグマの展示スペースでは、直射日光が当たらないようにと先週日よけを取り付けました。
また、ミストが吹き出す装置も新たに設置し、1日はホッキョクグマがミストの周辺を歩き回っていましたが、
それでも暑いのか、獣舎の中へ戻りたがっている様子でした。
また、カピバラの展示スペースには、1日から新たにプールが登場しました。
日中の一番暑いときは水温も上がってしまい、プールに入りたがらなかったということですが、
夕方になるとカピバラたちは水の中に入り、気持ちよさそうに水浴びを楽しんでいました。
動物園を訪れた小学4年生の男の子は、「きょうは暑いのに僕はプールに入れなかったので
カピバラはいいなと思いました」と話していました。
八木山動物公園の上西玉樹さんは、「こんなに暑くなると動物もぐったりしますし、
お客さんが熱中症にならないかも心配です。早く涼しくなって欲しいです」と話していました。
動物園では暑さ対策として、3日、ホッキョクグマに果物などが入った氷をプレゼントするということです。

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本当に今日は暑かった!!

“数十年に一度” リュウゼツランが各地で開花

“数十年に一度” リュウゼツランが各地で開花
2018年7月27日 19時16分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011552191000.html

中南米が原産で、数十年に一度しか咲かないとされる多肉植物のリュウゼツランが
各地で咲いていて話題になっています。
このうち、徳島県鳴門市の自営業五島輝記さん(57)の家の畑では、
5メートルほどの枝の先端にリュウゼツランの黄色い花が無数に咲いています。
昭和40年に五島さんの両親が株を植え、53年後の今月18日ごろ、初めて咲いたということです。
五島さんは「待ちに待った気持ちです。ここまでの高さになるとは予想外でした」と話し、
妻のアサ子さん(54)は「夫の両親が記念に植えたものなので株を分けて息子や孫など、
次の世代に残していきたい」と話していました。
一方、名古屋市では、中心部にある国の合同庁舎の植え込みで、リュウゼツランが花を咲かせています。
こちらも高さ5メートルほどに伸びた茎の先に枝分かれして、小さな黄色い花が咲いています。
市内の東山動植物園によりますと、日本での寿命は長くても50年ほどで、
花を咲かせたあとは、ほとんどが枯れてしまうということです。
通りかかった80代の男性は、「珍しい花を見て長生きしてよかったと思う。みんなに自慢できる」と話していました。

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一ヶ月ほど前、県内のニュースでも定義山でリュウゼツランが開花したと言っていた。
今年はたまたまの当たり年なのか、何かの前兆なのか気になる。
でもいろいろ検索してみたら、2012年も昨年2017年も「各地で開花」「50年に一度」「珍しい」と
ニュースになっていた。

オロナミンC回収

大塚製薬、「オロナミンC」800万本自主回収
大塚製薬は20日、栄養ドリンク「オロナミンC」の一部製品のふたが勢いよく開く恐れがあるとして、
約800万本を自主回収すると発表した。飛んだふたが目に当たり腫れたケースもあるといい、
同社が注意を呼び掛けている。(2018/07/20-12:20)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018072000610&g=eco

◇大塚製薬HPより一部転載
「オロナミンC ドリンク」「オロナミンC ROYALPOLIS」 一部商品回収のお詫びとお知らせ(自主回収)
「オロナミンCドリンク」
JANコード:4987035089315
ラベルおよび瓶底部に下記3つの記載がある商品
①賞味期限:18.12.12~19.06.17 及び 19.06.24~19.06.26
②製造所固有記号:OFK
③びん製造所記号:T1
http://www.otsuka.co.jp/information/20180720_1.html  

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オロナミンC、今夏は箱買いして飲んでいる。
早速、手持ちのオロナミンCの瓶を調べてみる。
どきどきしながら製造番号を見る。
完全一致。
固有記号も一致。
びん製造所記号も一致。
(これが宝くじならどんなに良かったことか)
oro2.jpg
oro1.jpg
oro3.jpg

25本入りの箱で、現在15本残っている。
今までの10本は特に問題なかった。
該当商品ではあるので、回収してもらうよう手続きすべきところだが、めんどくさい。
クオカードじゃなくて、大丈夫なオロナミンCと交換してくれればいいのに。

奇跡ではなかった!? 13人の救出

奇跡ではなかった!? 13人の救出
2018年7月13日 20時00分
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0713_2.html

タイ北部の洞窟から出られなくなっていた地元サッカーチームの少年12人とコーチの合わせて13人は、
今月10日までに全員が無事救出されました。
世界中のメディアは、この救出作戦の成功を「奇跡の救出劇」として大きく報じました。
しかし、一連の救出活動を追い続けた現場取材から見えてきたのは、“不可能”を“可能”に変えた、
人々の知恵と努力でした。(アジア総局記者 小阪田和也)

■劣勢だった「水との闘い」
◇止まるポンプ
少年たち13人の救出は、まさに水との闘いでした。
現地は雨季の真っただ中。洞窟内はところどころが水没し、水の濁りはひどく、流れも急でした。
序盤の闘いは全くの劣勢。行方不明となった13人を捜すことさえままなりませんでした。
捜索が始まって5日目に現地入りした私が目にしたのは、動いているかどうかさえ分からない頼りない排水ポンプの姿。
誰もが事態の深刻さをすぐに理解できる状態でした。
翌日には、そのポンプも止まってしまいました。電気系統のトラブルでした。
水位はさらに上がり、洞窟の外にまで水があふれる事態に。
私たち報道関係者は洞窟から離れるよう命じられ、軍の関係者ですら洞窟の外へ退去せざるを得なくなりました。
「水との闘い」どころか、闘うことすらできない状況に陥ってしまったのです。

◇「望みはかなり薄い」
「それでも海軍のダイバーがなんとかしてくれるだろう」
現地では、そんな期待が残っていました。
しかし、そうした見方は甘かったということが後でわかりました。
救出活動が完了したあとに、NHKの単独インタビューに応じた海軍特殊部隊の司令官は、
当時は全く先が見えていなかったと率直に語りました。
「経験も、装備も十分でなかった」
ふだん活動している海と洞窟とでは、何もかも違っていたというのです。
暗く、複雑な地形の洞窟を前に手が出ない状態。
水位が下がることを期待していましたが、ポンプも止まりました。
司令官は「表向きには、あきらめないと言っていたが、望みはかなり薄いと感じていた」と振り返っていました。

■局面を変えたイギリス人と日本人
◇きっかけは地元探検家の手紙
「タイ海軍のダイバーでも洞窟での捜索は畑違いだ、困っているだろう」
そのことに気づき、早々と手を打った人がいました。
タイ北部チェンライ県に拠点を置く、イギリス人探検家ヴァノン・アンソワーズさんです。
洞窟専門のダイバーを送る必要性を感じたアンソワーズさんは、
イギリス人のダイバー3人の名前を具体的に挙げたうえで
「時間は残り少ない!彼らは世界でベストな洞窟ダイバー。連絡を!」とタイ政府に手紙を送ったのです。
すぐに、バンコクにあるイギリス大使館を通じて、ダイバーたちに支援要請が届きました。
そして、早速現地入りした3人。豊富な経験を活かし、一気に潜水。
5キロ余り進み、助けを待っていた少年たちを発見したのです。

◇「水の入りを止めろ!」訴えた日本の専門家
少年たちが発見された後も、水との闘いは続きました。
ここで活躍したのが、日本の専門家でした。
タイの王立潅漑局に日本のJICAから出向していた降籏英樹さん。
現地入りしたあと「排水も重要だが、水の入りを止めるべきだ」と主張。
山を登って、洞窟に流れ込む沢を探すようアドバイスしたのです。
王立潅漑局は、そうした沢を2つ発見。土のうとパイプを運び込み、流れを変えることに成功しました。
その後、洞窟内の水位は徐々に下がっていきました。
入り口から奥へ1.5キロの地点の水位は、高すぎて測ることすらできないという状況から、
救出が開始された7月8日には30センチ以下にまで下がっていました。
日本の専門家が、水との闘いの形勢を一気に逆転させたのです。
雨季にもかかわらず、救出開始まで1週間余りにわたって雨の少ない状態が続いたという幸運にも恵まれました。

■洞窟で耐えた13人
◇「生き残れる」と知っていた少年
少年たちとコーチ、救出された側の努力も救出作戦が成功した大きな要因でした。
2週間以上も暗い洞窟の中で過ごした13人。
心配されたのが、体力の面もさることながら、いかに心の平静を保ちパニックを押さえるかという、精神の面でした。
たとえ、体力が残っていたとしても生存が危うくなるからです。
少年たちの中で最年長である16歳のポーンチャイ君。
ポーンチャイ君は、近くにある別の洞窟で遭難した外国人が、1か月以上生き延びたという事例を知っていました。
母親は、1か月ほど前にポーンチャイ君とその話をしたとNHKの取材に答えてくれました。
ポーンチャイ君は、この知識をみんなと共有し、希望を与えたのかもしれません。

◇コーチは「元僧侶」
さらに大きな役割を果たしたのが、25歳のコーチ、エーカポンさんです。
10年ちかく仏門に入った経験があります。祖母の看病のため仏門を離れ、
その後、サッカーチームのコーチになりました。
洞窟の奥で13人から話を聞き取った海軍によりますと、エーカポンさんは、
少年たちが体力を消耗しないよう、むだに動かないようにとか、
洞窟の上からしたたり落ちるきれいな水だけを飲むようになどと指示していたということです。
さらに、僧侶時代の経験を活かし、少年たちにめい想させていたというのです。
行方不明になってから10日目に発見された13人。
生存は「奇跡」ではなく、適切な行動をとったうえで、勝ち取ったものだったのです。

■いざ実行へ
◇「ウォーターマンになれ!」
13人をどのように無事、洞窟の外へ助け出すのか。
少年たちを発見したあとは、救出活動に向けた準備が急がれました。
洞窟の奥1.5キロの地点に活動の拠点を置き、少年たちが待機する場所から洞窟の出口まで、
道しるべとなるガイドロープがひかれました。さらに、25メートルおきに空気ボンベが設置されました。
準備を進めるのにも、空気ボンベが必要ですから、洞窟の外では毎日、空気を充填(じゅうてん)しては、
また洞窟の中へと大量のボンベを運び込むダイバーの姿がみられました。
タイ海軍特殊部隊の司令官は、ダイバーたちに「ウォーターマンになれ」と指示したというのです。
ずっと水の中で生活できるよう変身しろという、ちょっとむちゃな指示のように聞こえますが、
徹底してダイバーたちに洞窟の環境に慣れさせていったということです。

◇「横になって、息をするだけ」
実際の救出活動は、100%の結果だけが求められる厳しいものでした。
全行程5キロのうち、およそ半分の行程で潜水して移動することが必要という状況のなか、
ほとんどの行程でダイバーが少年を抱きかかえるようにして前へ進みました。
そして、ラスト1.5キロ。水位はひざ下にまで下がっていましたが、少年たちは担架に乗せられ、
大勢の兵士がその担架を支え、狭くて複雑な地形の中を慎重に運び出していきました。
海軍特殊部隊の司令官は、この区間について「少年たちは横になって、息をするだけだった」と表現し、
少年やコーチの負担をできるだけ最小限に抑える方法をとったことを明らかにしました。

■勝ち取った成功
「奇跡の救出劇とは簡単に片付けられない」
現地で取材を続けてきて、そう強く感じています。
強じんな精神力を持つ海軍特殊部隊の司令官をしても「望みが薄い」と感じさせた過酷な状況。
それでも、多くの人たちが諦めずに知恵と努力を重ね、
“不可能”を“可能”にして13人全員の無事救出を達成したのです。

街中に歓喜の輪が広がりました。
タイはいま、4年前のクーデター以降、軍主導の暫定政権が続き、
ほとんどの政治活動が禁止されたままになっています。政治をめぐる国民の分断も根強く残っています。
ただ今回、タイの人々が一体となって13人の救出を願い、成功を成し遂げたことは、
今後、タイが1つになって前を進んでいく姿を想像させてくれるものになりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0713_2.html

栗駒山活動の警戒怠るな 火山防災エキスパートの土井さん、警鐘鳴らし続ける

<岩手・宮城内陸地震10年>栗駒山活動の警戒怠るな 火山防災エキスパートの土井さん、警鐘鳴らし続ける
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180706_13004.html

岩手、宮城、秋田の3県にまたがり、2008年岩手・宮城内陸地震の震源にも近い栗駒山(1626メートル)で、
火山活動調査を続ける研究者がいる。
国が選んだ5人の「火山防災エキスパート」に名を連ねる岩手大客員教授の火山地質学者土井宣夫さん(66)だ。
地震と火山活動の関連を指摘し、警戒を怠ってはならないと訴える。
一関市側の登山道に5月中旬、岩手県や盛岡地方気象台、地元消防の関係者十数人が入った。
土井さんが指揮を執って年2回、噴気温度や火山ガス濃度を観測する合同調査の一行だ。
「地表の異常は地下の変化を表している」。
そう強調する土井さんは、内陸地震でも揺れの前後に地表の変化を捉えていた。
栗駒山では1990年以降、火山活動が活発化して火口湖「昭和湖」が白濁し、
周辺では樹木の立ち枯れが続いていた。
ところが2007年、湖の水が突然透明になって植生も回復。
地下にあるマグマだまりの圧力が低下し、火山ガスの噴出が減ったことを示していた。
栗駒山の北東約13キロを震源とする内陸地震が発生したのは、その1年後。
土井さんは、マグマだまりからのガスや熱水が地上ではなく活断層に供給されて地震を誘発したと結論付けた。
同様の地表現象は03年の宮城県連続地震でも観測されている。
土井さんは「前兆を捉えて影響を考慮する幅広い視点が、ますます重要になる」と訴える。
火山観測態勢の弱さが指摘される栗駒山で喫緊の課題は、噴火した場合に備えた避難計画の策定だ。
防災を担う後進の育成にも精力を傾ける土井さんは
「集めたデータを生かせる人材は確実に育ってくれている」と語り、データ収集に現場へと足を運び続ける。
2018年07月06日金曜日


<岩手・宮城内陸地震10年>巨大地滑り、眺め 知る 栗原・荒砥沢を研究者ら視察
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180708_73010.html

発生から6月で10年となった岩手・宮城内陸地震の被災地を、研究者や学生らが回る視察会が7日、
最大被災地の栗原市であった。これまで立ち入りが制限されていたポイントを含む7カ所に足を運び、
地震の発生メカニズムや学術的価値に理解を深めた。
日本地滑り学会東北支部、栗駒山麓ジオパーク推進協議会などが主催し、約70人が参加した。
国内最大級の地滑り地帯「荒砥沢崩落地」や地滑りによって地層が地表に押し出された
「擾乱(じょうらん)帯」、従来は関係者しか入れなかった国有林の工事用道路などを見学した。
荒砥沢崩落地は崖の上にある冠頭部のうち、進入が規制されていた南側からも視察。
これまで見ることができなかった角度から岩肌の形状を確認した。
 土石流で7人が犠牲になった宿泊施設「駒の湯温泉」の跡地も訪ねた。
一命をとりとめ、現在は日帰り入浴施設を営む湯守の菅原昭夫さん(63)が
「今も山地災害の報道はつらい。10年でいろんなことがあった。
周囲の支えのおかげで毎日を生きている」と語り、一行は真剣に耳を傾けた。
研究室で山地災害を学ぶ弘前大農学生命科学部4年の朝原康貴さん(22)=弘前市=は
「被災地のスケールの大きさに圧倒された。菅原さんの話には胸を打たれた」と語った。
ガイドを務めた東北学院大教養学部の宮城豊彦教授(自然地理学)は
「百聞は一見にしかずで、現地を見てもらうことが伝承の近道だと改めて思った。
幅広い層の興味を喚起する見せ方や、情報発信に当たる人材の育成を今後も大事にしてほしい」と話した。
2018年07月08日日曜日

不明少年ら13人全員無事=洞窟で9日ぶり発見―タイ

不明少年ら13人全員無事=洞窟で9日ぶり発見―タイ
7/3(火) 0:55配信
【バンコク時事】タイ北部チェンライ郊外の国立公園にある洞窟で行方不明となっていた
サッカーチーム所属の少年ら13人が2日夜、洞窟内を捜索していた救助隊により、
消息を絶ってから9日ぶりに発見された。
13人は会話できる状態で命に別条はない。救助隊は引き続き、洞窟外への救出作業を行う。
チェンライ県のナロンサク知事によると、13人は避難しているとみられていた空洞から
300~400メートル離れた場所で見つかった。
プラユット暫定首相は「すべての国際救助隊の多大な尽力に感謝する」との声明を出した。
タイ海軍特殊部隊によれば、洞窟内の拠点を2日午後5時半(日本時間同7時半)にダイバー2人が出発。
同9時38分(同11時38分)に13人を発見した。今後、応援のダイバーや医師団を派遣。
食料を届けると同時に排水作業を進め、早期救出を目指す。
11~16歳の少年12人と男性コーチ(25)は6月23日午後、洞窟に入り、
大雨に伴う増水で出られなくなったとみられていた。捜索活動は24時間態勢で行われ、
米軍や英国の洞窟救助専門チーム、国際協力機構(JICA)の専門家ら外国の救助隊も参加。
しかし、雨が断続的に降る中、濁水に阻まれて作業は難航を極めていた。 
最終更新:7/3(火) 9:54
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180703-00000003-jij-asia

クマが海を泳いで上陸

TBC東北放送
宮城県気仙沼市の離島 クマが海を泳いで上陸
更新日時:2008/6/23(土)12:43:35
http://www.tbc-sendai.co.jp/01news/fr.html?id=00002113

23日朝、宮城県気仙沼市の大島でクマが泳いで上陸する姿が目撃されました。
大島では、クマの目撃情報が相次いでおり警察で注意を呼び掛けています。
クマが泳いで大島に上陸するのを目撃したのは養殖業を営む小松武さんです。
23日午前8時半頃、沖合150mほどのカキの養殖いかだの近くを、
体長1メートルほどのクマが大島に向って泳いでいるのを発見しました。
小松さんは「航路にカモメがすごい数飛んでいたので変だなと思ってみたら
クマが泳いでいた」と話しています。
小松さんは上陸を阻止しようと船でクマに近づいたものの、クマは岸壁に泳ぎ着き
岩場から上陸したということです。
大島では、昨夜も雑木林に入る2頭のクマが目撃されるなどクマの目撃が相次いでおり、
警察で注意を呼びかけています。

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新しくできた橋を渡ってシカが上陸したことは確認されていて、クマも橋を渡って大島へ行っているかもという
ニュースがちょっと前にあったが、泳いでも渡ることもできるというのであれば防ぎようがない。

内陸地震から10年

<岩手・宮城内陸地震10年>傷痕残る山 生きる人々の歩みは続く
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180614_13021.html

 死者17人、行方不明者6人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から10年となった。
栗駒山麓周辺の被災集落では過疎と高齢化が進む一方、
休止していた温泉宿が再開の準備を始めるなど光も差し込む。
地域再興に向け、山に生きる人々の歩みは続く。
 内陸地震は2008年6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部を震源に発生。
マグニチュード7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測した。
死者は宮城県14人、岩手県2人、福島県1人。行方不明者は宮城県4人、秋田県2人。
 国内最大級の地滑りが起きた荒砥沢崩落地(宮城県栗原市栗駒)は
10年の歳月を経てもなお、のこぎりで山を切り落としたような荒々しい岩肌をさらす。
栗原市は被災後、大規模崩落地を核とした防災教育や観光振興に力を入れてきた。
土砂崩れなど山地災害が全国で頻発する中、
内陸地震の爪痕は備えの在り方を再考するための貴重な財産でもある。
 市は14日、内陸地震発生時刻に防災行政無線でサイレンを鳴らし、市民に黙とうを呼び掛ける。
市栗原文化会館で追悼式を行い、犠牲者の冥福を祈る。
2018年06月14日木曜日

源氏パイと平家パイ

きのこ対たけのこ? 甘い!これぞ合戦だ 
源氏パイと平家パイが話題に 実はすでに決着が…販売元に聞いた
6/5(火) 7:00配信 withnews
http://news.livedoor.com/article/detail/14816950/

明治のお菓子「きのこの山」「たけのこの里」。
どちらがおいしいかを巡って、きのこ派・たけのこ派に分かれて論争になることがありますが、
「それを上回る争い」と話題になっているお菓子があります。
三立製菓の「源氏パイ」と「平家パイ」です。
まさに源平合戦ですが、すでに大勢は決しているようです。三立製菓に話を聞きました。

ツイッターで話題に
今月3日にツイッター投稿された画像。
写っているのは、ともに「お徳用」と書かれた「源氏パイ」と「平家パイ」です。
源氏パイが28枚入りなのに対して、平家パイは13枚入りと、数的には不利です。
この投稿に対して、「平家にはレーズンが付いている」「しかし源氏は量が多い」
「長期保存は源氏パイが有利」といったコメントが寄せられ、
リツイートは6万、いいねは12万を超えています。

源氏パイとは
1965年から販売されている源氏パイ。ヨーロッパで「パルミエ」と呼ばれるハート形のパイがもとになっています。
三立製菓の開発者がヨーロッパを訪れ、
「このようなおいしいパイを作って日本の家庭でも食べてもらいたい」と開発が始まりました。
当初は形が整わず、商品にならないものも多かったそうですが、
改良を重ねたことで、現在ではきれいなハート形になっています。

平家パイとは
対する平家パイが発売されたのは2012年。
幾層にも折り重ねたパイ生地に洋酒漬けしたレーズンをトッピングして焼きあげています。
ふんわりソフトな点が、源氏パイとは対照的です。

比較的新しい商品の平家パイですが、実は「ある商品」を改名して誕生しました。
元になったのは1993年発売の「レーズンパイ」。
変わったのは商品名とパッケージデザインで、中身そのものは基本的に同じです。

なぜ改名したのか? 三立製菓の企画開発部の担当者に尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「もともとお客様からも『平家パイは無いのですか?』というお問い合わせをちょうだいすることがあり、
ネットでも同様の声が複数ありました。
そんななか、2012年のNHK大河ドラマが『平清盛』に決まったことを受けて、発売が決まりました」

お菓子の形を「源氏の放った矢を受ける平らな盾」と見立てており、
飾りのレーズンは矢を受けた跡をイメージしているそうです。
パッケージについても、赤と白を基調とした源氏パイと並べても見栄えするように、
紫色をメインカラーに採用しているそうです。

大勢は決した?
源平合戦の現状はどうなっているのか?
その点については「平家パイの売り上げは、源氏パイの2~3割ほどです。
ただ、引き続き店頭では源平合戦を繰り広げて頂いている店舗もありますので、
平家パイにも頑張ってもらいたいです」。
しかし、源氏パイに対して決定的に劣っている点が、平家パイにはあるそうです。
 「現在、通常品の平家パイは休売中で、お徳用のみの販売となっています。
でも、お徳用が生き延びているということは、平家は滅亡していなかったってことですね」

きのこ・たけのこの争いを引き合いに盛り上がっていることについては、こう話します。
「ひっそりやっていた企画が6年目にしてフィーチャーされるとは。
便乗させてもらっている感じがして、明治さんに源平セットを贈りたい気持ちです」
話題になったことについては、「ただただうれしいです。
この勢いで店頭でまた源平合戦を展開してくださるスーパーさんが増えてくださるといいなと思います」
と話していました。


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平家パイはあまり見たことがない。

水資源は狙われていなかった?

NHK NEWS WEBより
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180529/k10011456591000.html

”水資源が狙われている問題“を調べてみた
5月29日 15時17分
「日本の水資源が狙われているらしいー」インターネットを中心に広がったこのうわさ、
記憶にある方も多いのではないのでしょうか?そのきっかけとなったのが北海道庁が発表したある調査。
資産価値の少ない森林が外国の法人や個人によって相次いで買収されていたことが発覚したことでした。
あの騒動から8年。本当に水資源は狙われていたのか?調べてみると、意外な真相が見えてきました。
(札幌局記者 藤本智充 川口朋晃)

“日本の水源狙われている問題”とは
騒動のきっかけとなったのは、8年前に北海道庁が議会で明らかにしたある調査です。
平成21年の1年間に砂川市や蘭越町などの森林合わせて400ヘクタール余り、
東京ドーム87個分が外国の法人などに買われていたことがわかりました。
その2年後には、買収された面積が1000ヘクタールを超えたことも判明。
さらに、買収していたのは中国やシンガポールの法人や個人だったこともわかりました。

どうして、外国の法人が資産価値の少ない森林を買収するのか。
謎の現象に、自治体をはじめとする関係者は頭をひねりました。
そんな中、インターネットを中心に「日本の水資源が狙われている」といううわさが広がり始めたのです。
それは、人口の増加が続く中国では将来的な水不足が懸念されているため、
北海道の豊富な水資源を確保する狙いがあるのでは、というもの。
一部、メディアなども取り上げ、一気に全国的に拡大しました。

世論の高まりを受けて北海道庁も動きます。
外国資本から水資源を守ろうと、条例を制定。
59市町村の176の地域を水資源の「保全地域」に指定し、
売買する場合は3か月前までに利用目的などを届け出るよう義務づけました。
この流れは全国にも波及し、各地の自治体で水資源保全のための条例が作られました。

森林買収はさらに増えていた
あの騒動から8年。実際、水資源は狙われていたのか、調べてみました。
北海道庁の調査によると、去年(平成29年)12月末時点で、
森林を所有する外国の法人や個人は合わせて159に上っていました。
面積はおよそ2500ヘクタール。
所有者数、面積ともに5年前の2倍以上に増加。
北海道では外国の法人などによる森林の買収がさらに進んでいました。

やはり、水資源が狙われているのではないか…。
そう思った私たちが次に調べたのは、水資源の「保全地域」での森林の売買についてです。
騒動のあと、新たに整備された北海道の条例では
「保全地域」にある森林を買う場合、事前の届け出が必要となりました。
当然、このエリアでの売買も増えているはずと思い、北海道庁の担当者に聞いて見ると…。
「保全地域」での売買は去年12月の時点で中国系企業などの4件のみ。
しかも目的は水資源ではなく、太陽光発電の施設建設や資産保有でした。
さらに、北海道庁に聞くと、これまでに外国の法人などが所有する森林が
水資源をめぐるビジネスに使われたケースは確認できないといいいます。
つまり北海道では外国の法人などによる森林の売買は水資源が目的とは考えにくいのです。

“水資源”は狙われていなかった?
では、なにが目的なのでしょうか?
そのヒントは北海道の調査結果にありました。
外国の法人などが買収した森林の場所を詳しく見てみると、7割近くが「ニセコエリア」に集中していました。
近年、外国人に大人気のリゾート地です。
そこで、私たちはニセコエリア周辺の森林の登記簿で、所有者や取引の経緯を調べました。
その結果、外国資本による所有が確認できた森林は合わせて51か所。
香港やシンガポール、タイなどアジアの国々の法人が中心でした。
実際に、どのような場所が買われているのか。そのひとつに行ってみました。

こんな場所になぜ?
ニセコエリアに隣接する共和町。
人口はおよそ6000人で、町の面積の半分余りが森林です。
ここで5年近く前、香港の法人が163ヘクタールもの森林を買っていました。
地図を頼りに現場近くまで行ってみると、そこは民家も畑もない山の中。
しかも、法人が所有する森林は木々を分け入った先にあり、簡単に入れるような場所ではありません。
ぎりぎりまで近づけそうな道を1本見つけましたが、入り口には通行止めの看板が。
地元の住民に聞くと、除雪作業が行われないため、5月初旬までは通れないといいます。
また、町によると開発計画なども今のところないとのこと。
担当者は、「道路に面しているわけでもなく値上がりが期待できる場所でもない。
なぜ買ったのか疑問だ」と首をかしげていました。

森を買う本当の理由とは
そこで私たちは、香港の法人に森林を売ったとみられる元の所有者から話を聞くことにしました。
登記簿によると、森林を所有していたのは、ニセコエリアにある不動産会社です。
国道沿いにたたずむ小さな平屋建ての事務所を訪ねると、初老の男性が1人、その中にいました。

はじめは「古い取引のことは忘れた」などとはぐらかしていましたが、
男性は徐々に、当時のことを語り始めました。人が立ち入れないような森林を、香港の法人がなぜ買ったのか。
ずばり、その理由を尋ねると、返ってきたのは意外な答えでした。
「友人に自慢できるから」
法人のオーナーである香港の富裕層が、男性にそう話していたというのです。
その背景には、中国国内の不動産事情があるといいます。
中国では、個人が土地を所有することは認められていません。このため、中国の富裕層にとっては、
北海道のような知名度の高い観光地に土地を持つこと自体がステータスになるのだといいます。
「誰も買い手がつかない1坪数十円とか数百円の森林だったが、
パウダースノーで有名なニセコエリアの隣接地に広大な土地を所有できる。
香港の富裕層はそのこと自体に価値を見いだしていたようだ」
男性はこう話してくれました。

富裕層が決める森林の価値
「友人に自慢できるからー」そんな理由ってある?
疑う私たちに倶知安町のリゾートエリアに集まる外資系の不動産会社も同じような話をしてくれました。
代表の1人で、オーストラリア人のグラント・ミッチェルさんによると、
ニセコエリア周辺の不動産を買うのは香港やシンガポールをはじめとするアジアの銀行マンや医者、弁護士など。
別荘地の開発や転売を考える人がいる一方、ステータスとして所有するケースもあるといいます。
彼らは別荘などに友人を呼んでパーティを開き、所有する不動産の自慢をすることもよくあるということです。
このため、日本人では買い手がつかないような森林や原野でも、
景観がいいといった理由で高値で取引されることがあるというのです。
実際、ミッチェルさんの会社では公的な評価額が1500円の原野を、
香港の富裕層に5000万円で売ったケースもあるといいます。
「海外の富裕層は感情で土地を買います。価値はその人が払ってもいい金額で決まる。
日本の評価額はもはや意味がないんです」
ミッチェルさんはこう説明してくれました。森林買収の背景には
私たち庶民には到底理解できない海外の富裕層ならではのステータス意識と価値観があったのです。
ちなみにミッチェルさんに「水資源狙いの可能性は?」と尋ねてみると、「ありえない」ときっぱりと否定されました。

“水資源説”のルーツは?
ただ、「水資源説」が生まれるきっかけとなる動きは当時、確かにあったようです。
札幌市の不動産関係者は、7、8年前は水資源目的で森林を買おうという動きが
一種のブームになっていたと明かしてくれました。
この関係者の元にも当時、地図にマーカーで線を引いて
「この辺りを1000万円で買いたい」などという外国人が訪れていたといいますが、
その背後には必ず日本の不動産ブローカーがついていたということです。

別の不動産会社の幹部によると、当時の不動産ブローカーは牧場経営などに失敗した人が多く、
今では姿を見かけることはなくなったということです。
札幌の不動産関係者は、当時の騒ぎを次のようにふり返りました。
「彼らが求める森林は水源として価値のあるところはほとんどなかった。
結局、事情を知らない海外の富裕層がブローカーに
どうにもならない土地をつかまされたというのが真相だ。
今ではブローカーもいなくなり、このあたりでは買収の話はなくなった」

結局、今回の取材で少なくとも北海道では外国人が所有する森林が
水資源をめぐるビジネスなどに使われたケースは確認できませんでした。
それどころか狙われていたのは水資源ではなく、海外の富裕層だった可能性さえー。

ただ一方、気になることも。今回の取材で判明した外国資本の中には、
マンションの1室などに拠点を置くペーパーカンパニーと見られる法人も多く、
誰が本当の所有者なのか、一見してわからないものが多かったことです。
外国人による森林売買。まだまだ謎がありそうです。
引き続き、取材をしていきたいと思います。

若嶋津

2018.05.10.
頭部手術の二所ノ関親方、八角理事長にあいさつ 順調な回復ぶり、杖使わず、会話も
昨年10月に倒れ、頭部の手術を受けて療養中の大相撲の二所ノ関親方(61)=元大関若嶋津=が10日、
手術後初めて東京・両国国技館を訪れ、八角理事長(元横綱北勝海)らにあいさつした。
長女らに付き添われ姿を見せた同親方は杖なども使わず、1人で歩行。
対面した芝田山広報部長(元横綱大乃国)によれば「会話もした」という順調な回復ぶりだった。
https://www.daily.co.jp/general/2018/05/10/0011243688.shtml

栗原「山の駅くりこま」オープン

栗原「山の駅くりこま」オープン
04月20日 21時04分
栗原市の栗駒地区に地元の新鮮な野菜や、特産品を販売する施設がオープンしました。
「山の駅くりこま」と名付けられたこの施設は、市が観光客の誘致などを目指して、
栗駒山に通じる県道沿いに、およそ2億円をかけて整備しました。
20日は、市の関係者や、施設の運営を担う組合のメンバーなどおよそ100人が出席して
記念の式典が開かれ、テープカットをしてオープンを祝いました。
この施設は、広さが370平方メートルほどで、地元でとれた新鮮な野菜や、
キノコやウドなどの山菜、藍染めなどの伝統工芸品を販売しています。
敷地には、120台ほどが止められる駐車場も整備されていて、
栗駒山に向かう観光客などの利用を期待しているということです。
訪れた60代の女性は、「野菜の種類が多くていいですね。
これからも利用したいと思います」と話していました。
施設を運営する組合の吉田一夫・組合長は、
「観光スポットとなるように皆さんの協力を得ながら運営していきたいと思います」と話していました。
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20180420/0000955.html


栗駒行くなら、山の駅へ 町役場跡に直売所開業
栗原市が同市栗駒岩ケ崎の旧栗駒町役場跡地に整備を進めていた栗駒特産物直売センター「山の駅くりこま」が完成し、
20日オープンした。栗駒山登山道に通じる県道沿いの好立地を生かし、
観光振興や地域間交流の拠点としての役割が期待されている。
センターは木造平屋で延べ床面積370平方メートル。白壁の武家屋敷風の外観が特徴。
駐車場は普通車115台、大型バス6台分を確保した。
午前9時すぎのオープンと同時に店内は住民や観光客らで混み合った。
パプリカの1袋200円詰め放題などの特別セールが人気を集めていた。
地元商工会を中心とした施設利用組合が指定管理者として運営する。
旬の野菜や果物をメインに、漬物や菓子など地場産品を扱う。
地元酒蔵の日本酒の販売を予定するなど、品ぞろえを順次増やす予定。
開業前のセレモニーで千葉健司市長は「地元が待ち望んでいた施設。栗駒の魅力を肌で感じてほしい」と話した。
2018年04月21日土曜日
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201804/20180421_13018.html

仙台市長「女性と土俵 議論を」

NHK仙台放送局

仙台市長「女性と土俵 議論を」
04月10日 15時07分
大相撲の土俵に女性が上がることをめぐり、毎年8月に夏巡業が行われている仙台市の郡市長は、
記者会見で、「なぜ女性が土俵に上がれないのか議論を進めるべきだ」と述べました。

大相撲をめぐっては、京都府舞鶴市で行われた春巡業で、
土俵上で倒れた市長の救命処置のため土俵に上がった観客の女性に対し、
行司が下りるようアナウンスしたり、兵庫県宝塚市の中川智子市長が、
市内で行われた春巡業で日本相撲協会側から土俵上でのあいさつを断られるなど、
女性が土俵に上がることが議論となっています。
こうした中、毎年8月に夏巡業が行われている仙台市の郡市長は、
先に中川市長が「土俵に上がることを断られ、とても悔しかった」と電話で述べていたことを明らかにしました。
このとき、中川市長から、仙台市で行われる夏巡業でのあいさつについて尋ねられたものの、
夏巡業の詳細がまだ分からないため、明確な返答はしなかったということです。
そのうえで、郡市長は、「伝統もあるのかもしれないが、相撲大会で力士として土俵に上がる女性もいる。
あいさつなどでなぜ女性が土俵に上がれないのか議論を進めてほしい」と述べました。
仙台市で行われる夏巡業での市長あいさつをめぐっては、奥山恵美子前市長は出席したことはなく、
当時の男性の副市長が代理で行ったということです。
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20180410/0000827.html


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宝塚市の市長に続いて、アンタもか。
舞鶴市での件は突発的な緊急事態であり、あの場合のアナウンスは適切ではなかった。
それに便乗して、こういうのがでてくると思っていたが、案の定。
緊急時に臨機応変に対応することを徹底することは必要だが、
あくまで伝統は伝統。それを変えてほしくはない。
墜ちてしまった相撲界だが、そこは筋を通してほしい。
郡和子ははなから支持していない。この人に投票もしていない。
この人を市長と仰がなければならないのは苦痛。
でも市長が嫌いだからといって仙台市から転出するわけにもいかない。




東日本大震災7年

2018.3.11 15:44
【東日本大震災7年】安倍晋三首相が式辞「政府一丸で災害に強い強靱な国づくり進める」
安倍晋三首相は11日、東京都千代田区の国立劇場で開かれた政府主催の追悼式に参列し、
「震災による大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を胸に刻みながら、
英知を結集して防災対策を不断に見直す。
政府一丸となって災害に強い強靭(きょうじん)な国づくりを進めると固く誓う」と式辞を述べた。
首相は震災発生から7年が経過し「被災地では復興が一歩ずつ着実に進展している」としつつ、
「いまなお、7万人を超える方々が避難し、長期にわたって不自由な生活を送られている方もいる」と説明。
「被災者一人一人が置かれた状況に寄り添いながら、
今後も生活再建のステージに応じた切れ目ない支援に力を注ぐとともに、
原子力災害被災地域における帰還に向けた生活環境の整備、産業・生業の再生支援など復興を加速していく」と語った。
追悼式には秋篠宮ご夫妻が出席された。秋篠宮さまはお言葉で「復興の歩みが着実に進展していくよう、
これからも国民が心を一つにして被災した地域や人々に末永く寄り添っていくことが大切でありましょう」と述べられた。
http://www.sankei.com/life/news/180311/lif1803110037-n1.html

2018.3.11 15:47
【東日本大震災7年】政府主催追悼式、秋篠宮さまお言葉全文
2011年3月11日、東北地方を中心に東日本を襲った未曽有(みぞう)の地震とそれに伴う津波により、
2万人を超える死者及び行方不明者が生じました。
震災発生後、刻々と伝えられる現地の状況と押し寄せてくる津波の映像は、
7年を経た今でも決して脳裏から離れるものではありません。
ここに一同と共に、震災によって亡くなった人々とその遺族に対し、深く哀悼の意を表します。
大震災からの7年間、被災地において、人々は幾多の困難を乗り越え、手を携えて、
復興に向けての努力を弛(たゆ)みなく続けてきました。こうした努力を支援するため、
国や全国の自治体、そして国内外の多くの人々が、様々な形で力を尽くしてきました。
その結果、住宅の再建や高台移転、産業の回復、生活環境の整備、
防災施設の整備など多くの進展が見られました。
また、原発事故により避難を余儀なくされた地域においても、
帰還して生活を再開できる地域が少しずつ広がってきております。
多くの悲しみや困難の中にあった子どもたちも、未来に向けてたくましく成長しています。
しかし、その一方では、今なお多くの被災者が、被災地で、また、避難先で、
依然として不自由な生活を続けている厳しい現実があります。とりわけ、帰宅可能な地域が広がる中、
いまだに自らの家に帰還する見通しが立っていない人々も多いこと、
基準に照らして放射線量の問題がない場合であっても、農林水産業などに影響が残っていることを思うと、心が痛みます。
さらに、避難生活が長期化する中で、高齢者を始めとする被災者の心身の健康のことは、深く心に掛かります。
困難な状況にいる人々、一人ひとりが取り残されることなく、健やかで平穏な生活を送ることができるよう、
また復興の歩みが着実に進展していくよう、これからも国民が心を一つにして被災した地域や人々に
末永く寄り添っていくことが大切でありましょう。
東日本大震災の大きな犠牲の下で、私どもは日頃の防災訓練や防災教育、
そして過去の災害の記録と記憶の継承がいかに大切であるかを学びました。
この教訓を決して忘れることなく、私たち皆が防災、減災の心を培うとともに、
それを次の世代に引き継ぎ、災害の危険から多くの人々が守られることを心より願っております。
今なお困難を背負いながらも、復興に向けて日々努力を続けている人々に思いを寄せ、
一日も早く安らかな日々が戻ることを皆で祈念し、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
http://www.sankei.com/life/news/180311/lif1803110038-n1.html

金銀

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羽生、金も限界に挑めなかった五輪 夢へ挑戦は続く
[2018年2月17日15時31分]
https://www.nikkansports.com/olympic/pyeongchang2018/figureskate/news/201802170000442.html

相撲協会、「昨今の情勢踏まえ」陛下の観戦辞退

相撲協会、「昨今の情勢踏まえ」陛下の観戦辞退
2018年01月11日
宮内庁の山本信一郎長官は11日の定例記者会見で、
毎年恒例の天皇、皇后両陛下の大相撲初場所観戦が取りやめになったことを明らかにした。
山本長官によると、日本相撲協会から昨年10月、両陛下の初場所観戦をお願いする申し出があったが、
今週になって、「昨今の情勢」を踏まえて辞退するとの連絡があったという。
元横綱日馬富士関の暴行事件などを受けたもので、同協会の八角理事長(元横綱北勝海)は
「暴力問題に加えて、新たな不祥事を起こしてしまったことから、
今週初め、1月場所の行幸啓(天覧相撲)をご辞退申し上げたいとお伝えしました。
誠に申し訳なく、おわび申し上げます」とのコメントを発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20180111-OYT1T50101.html

デンマーク皇太子、東松島再訪

河北新報
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201710/20171012_13021.html

<震災6年7カ月>デンマーク皇太子、東松島再訪 復興に感激
 デンマークのフレデリック皇太子が10日、東日本大震災で被災した宮城県東松島市を訪れた。
2011年6月に慰問して以来、6年4カ月ぶりの再訪で、復興へと歩む市民と交流を深めた。
 皇太子は渥美巌市長と共に、同市野蒜地区の復興祈念公園と震災復興伝承館を訪問。
犠牲になった市民ら約1250人の名前が刻まれたモニュメントに献花し、冥福を祈った。
 鳴瀬桜華小では、児童とサッカーを楽しんだり、給食を味わったりした。
 皇太子は「皆さんに温かく迎えてもらい感謝している。震災は非常に悲しいことだが、
復興に向けて力強く進んでいることに感激している」と述べた。
 同市野蒜ケ丘1丁目の無職尾形勝さん(75)は皇太子と再会し、
「『元気でよかったですね』と気に掛けてくださった。本当にありがたい。思い出の宝物が増えた」と喜んだ。
 初対面は11年6月、津波で流失した自宅跡地でだった。長身の皇太子が膝を曲げ、
語り掛けてくれた記憶が忘れられないという。
 同市大曲の農業佐藤祥さん(63)はササニシキの新米を皇太子へ贈った。
田んぼは津波で被災し、12年にコメ作りを再開。
佐藤さんは「皇太子が東松島に思いを寄せてくださり、うれしい。感謝の気持ちを返したい」と話した。

東北の梅雨明け「特定できず」

東北の梅雨明け「特定できず」
09月01日 19時38分
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20170901/3560921.html

ことしの梅雨の時期について気象庁が見直しを行った結果、
東北では「梅雨明けを特定できなかった」と修正しました。
東北で梅雨明けが特定できなかったのは8年前の平成21年以来です。
気象庁は地域ごとに発表している梅雨入りと梅雨明けについて、
毎年この時期、観測データをもとに見直しを行っています。
その結果、東北の梅雨入りは6月21日ごろと発表していましたが、
東北南部で統計開始以来、最も遅い6月30日ごろに、東北北部で7月1日ごろに修正しました。
一方、先月2日ごろと発表していた梅雨明けは、その後も雨や曇りのぐずついた天気が続き、
「梅雨明けは特定できなかった」としました。
東北ではこの夏、オホーツク海高気圧から冷たく湿った空気が流れ込んでぐずついた天気が続き、
仙台市では先月下旬にかけて夏の時期としては観測史上最も長い36日連続で雨が降りました。
東北で梅雨明けが特定できなかったのは8年前の平成21年以来です。
気象庁は、「8月はオホーツク海高気圧が発生して東北では不順な天候が続き、
梅雨明けの特定ができなかった」としています。

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やっぱりね。
こういう夏は何年かにおきにある。

日曜夕方のEテレ

以前、日曜日の夕方はEテレで午後6時からのベニシアだけを観ていた。
その直前の5分間に不思議な歌?美術品解説?の番組の存在に気が付き、それも観るようになった。
(今年の春からその番組は無くなった)
さらに5時半からの機関車トーマスも観ることになった。
トーマス…甥が子供の頃、機関車セットも持っていたし、
私もリクエストに応じて、ハロルドとかメイビスとかジェームスとか名前は知らないけどバスとか買ってあげた。
甥は絵本やビデオも持っていて、それを一緒に観ていたが
今のトーマスはなんだか違う気がする。
映像もなんか違うが、ストーリーも違う気がする。
たぶん、子供向けの絵本やビデオは(道徳的に)いい話をピックアップしていたのかもしれない。
テレビのトーマスはみんなそこそこ性格が悪く、嫌味は日常。トラブル多発。
なんで機関車が勝手に仕事を選んだり、競争したりしてるんだか。
憂鬱な日曜日の夕方に観ると逆にフフンと笑えるのがいい ということでトーマスも観ている。
そして自分も多少の毒は出しつつ、役に立つ機関車(仕事人)になろうと思うのである。
その前のミッフィーも馬鹿馬鹿しくていい(これはながら見)。
あれはどこからか抗議がでないのか気になる。
ウサギ(白)はいい子で相棒のブタ(褐色)はいい子ではない。
悪い子というわけではないが、ミッフィーよりさらに幼い感じ。
私は特に問題とは思わないが、ある団体が問題にしようと思えば問題ともいえる案件だ。
ずっと前にここで新聞記事の切り抜きの感想として書いた「改変赤ずきん」の著者はどう思うだろう。
でもあの形式で長く続いているということは大丈夫ということなのだろう。

今日はうっかり17時前にテレビをつけたら
ねこがどっさり出ていた。←不定期らしい。
あなどれないEテレ。
でも18時からはベニシアではなく坊さん料理だった。



ひとりごと

この前のダーツの旅は「高清水」だったが
あれにでてきたおじさん…スタッフに道端に生えていた野蒜を勧めていた人、ああいう人は本当に苦手。
決してあの辺を貶すつもりはないが、ああいう人は実家周辺にもたくさんいる。
父方の親戚にもああいうのがいる。
勧めておいて、いざ食べると
「ふん、そんなもの食べるやつはいない」「こんなの食べたことはない」
面白いつもりなのかもしれないが、不愉快。あれはほんの一例。
※野蒜は食べられる。おいしくはないが。
あの手のもっと手の込んだ意地悪さ(おそらく無意識)に
私の母などは他所から嫁いできて、さんざんやられた。
もちろん、親切な人も沢山いるし、あれを意地悪と捉えるのは被害妄想のようなものかもしれないが
とにかく、たったワンシーンで見事に県北の嫌な人(私主観では苦手な人)を表現していた。

<内陸地震9年>忘れない祈りと涙

<内陸地震9年>忘れない祈りと涙
 死者17人、行方不明6人に上った岩手・宮城内陸地震は14日、発生から9年を迎えた。
最大被災地の栗原市では発生時刻の午前8時43分、市民や遺族らが追悼のサイレンに合わせて黙とうした。
 土石流が温泉旅館を直撃し、7人が亡くなった同市栗駒耕英の「駒の湯温泉」近くに設置された慰霊碑には、
遺族や地区民ら30人が集まり、花を手向けるとともに追悼の祈りをささげた。
 温泉従業員だった母高橋恵子さん=当時(55)=を亡くした会社員菅原恵美さん(40)は
「9年はあっという間」と振り返る。恵子さんは見た目が若かったので、よく姉妹に間違われたという。
「優しくて自慢の母でした」と涙ぐんだ。
 千葉健司市長は午前、花山地区と栗駒耕英地区を訪れた。
このうち、花山農山村交流センター前では、遺族らと黙とうし、慰霊碑に献花して犠牲者の冥福を祈った。
2017年06月14日水曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201706/20170614_13045.html

スポーツ嫌いダメ?国の目標波紋 「体育の恨み」影響も

スポーツ嫌いダメ?国の目標波紋 「体育の恨み」影響も
伊木緑
2017年6月3日05時09分
スポーツが嫌いな中学生を現在の半分に減らす――。スポーツ庁が掲げた目標に、
一部で反発の声が上がっている。嫌いなままじゃダメですか?
スポーツ庁の昨年度の調査によると、運動やスポーツが「嫌い」か「やや嫌い」な中学生は16・4%。
微増傾向にある。このままでは将来、運動しない大人が増えてしまうと、
同庁は3月、5年かけて8%に半減させる目標を「スポーツ基本計画」の中で打ち出した。
この計画が報じられると、「強制しないでほしい」「余計嫌いになる」
「嫌いで何が悪い」などの意見がネット上で飛び交った。
スポーツが嫌いになるのは、体育の授業にも原因がありそうだ。
フジテレビのトーク番組、「久保みねヒャダこじらせナイト」には、
視聴者からの投稿による人気コーナー「体育への恨みつらみ川柳」がある。
出演者の漫画家の久保ミツロウさん、音楽家のヒャダインさん、
文筆家の能町みね子さんが全員体育嫌いだったことで意気投合し、生まれたコーナーだ。
記者が取材を申し込んだところ、番組内での「公開取材」を求められ、
3人の言い分を聞くシーンが5月上旬に放送された。
ヒャダインさんは「体育が嫌なのは恥をかかされるから。
周りに迷惑をかけている申し訳なさ、馬鹿にされているんだろうなという自虐。
ネガティブな感情ばかりが渦巻くんです」。能町さんは「体を動かすこと自体が嫌いなわけじゃない。
うまい人とやるから嫌いになる。レベル別に完全に分けてくれればいいのに」と提案する。
市民ランナー向けの雑誌「ランナーズ」を発行する「アールビーズ」の広報・小川久美子さんも、
学生時代は吹奏楽やオーケストラに熱中し、体育の成績は「2」の文化系の少女だった。
しかし10年ほど前、「自分の時間が欲しい」とたまたま始めたのがランニング。
100キロのウルトラマラソンにまで挑戦するようになった。
すっかりスポーツが好きになり、「子どもの頃の自分が知ったらびっくりするでしょうね」。
旗振り役のスポーツ庁にも、体育嫌いの過去を持つ人はいる。
学校体育を担当している平井明成総括官も学生時代、体育は「2」だった。
球技の授業は「補欠」、水泳は休むこともあったという。
そんな平井さんも、今ではときどきジムに通って汗を流す。「年を取ると運動したくなるものなんです」。
確かに、スポーツ庁の世論調査によると、「週1回以上運動する」人は70代が最も多く、65・7%。
「体を動かすことは衣食住と同じように生きる上で大事なこと。
やりたいと思った時、少しでもうまくできる方がきっと楽しいですよ」と体育嫌いの子どもたちを励ます。
剣道部だった平井さんが思い出すのは、中学1年の1学期だけ指導してくれた若い臨時教員の男性。
教え方が的確で上達を実感でき、楽しかったという。
「指導者との出会いは大切。そういう人材を増やしていきたい」と話す。
スポーツ庁の鈴木大地長官は、1988年ソウル五輪競泳金メダリスト。
反発の声に「普段どうしてもスポーツが好きで推進する立場の人の意見ばかり耳に入ってくるが、
これからは嫌いな人の意見ももっと聞かないと」と話している。(伊木緑)
http://digital.asahi.com/articles/ASK525CYPK52UTQP01H.html
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ここでも何度か書いた気がするが、私も学校時代、体育が苦手で大嫌いだった。
今も憎悪している。
書いたことがあると思うが、私が小学4年生から6年生までの3年間、
体育推進指定校となって毎日体育があった。
クラブ活動も運動クラブのみ、朝も休み時間も業間運動と称してスポーツを強制された。
地獄のような日々だった。
タイムマシンに乗って、当時の小学校を爆破したいほど憎んでいる。
体操着を持っていくのを忘れた夢や、明日、体育やだなあと思っている夢も未だにみる。
上の記事のヒャダインさんとほぼ同じ意見だ。

でも自分のペースで体を動かすのは嫌いではないし、
勝敗に関係のない、個人や家族で楽しむレクレーション的なものであれば抵抗はない。
スポーツ好きの人の言い分もわかるが、「押しつけ」はやめてほしいと思う。

「怒りを自ら作り出す人」の残念な思考回路

東洋経済ONLINE
「怒りを自ら作り出す人」の残念な思考回路
怒りを「大掃除する」効果的な方法
草薙 龍瞬 :僧侶、興道の里代表 2017年03月08日
http://toyokeizai.net/articles/-/161332


人間関係、仕事、家族、日常生活……あらゆる場面で「怒り」を感じることがあります。
怒りのせいで「また失敗した」と感じることも。
怒りを外にぶつけて、苦い思いを繰り返すか、ぐっとのみ込んで、時間が経つのをひたすら待つか。
いずれも、苦しい状態です。
怒りから、もっと自由に、ラクになれる方法はないものか――
“人生の達人”ブッダに聞いてみると、意外な「怒らない方法」が返ってきます。
「人生を快適にする合理的な方法」として仏教を説く、
独立派の出家僧・草薙龍瞬氏(著書に『反応しない練習』がある)が、ブッダ流「怒りの消し方」を紹介します。


「怒り」は、誰にとっても切実なテーマです。その最大の理由は、
人間関係に支障を来すこと。自分にとって、ストレス・苦しみになることです。
だから「怒らないようにしよう」と考えるわけですが、現実には「つい怒ってしまった」「やってしまった」ということばかり……。
「怒ってはいけない」と頭ではわかっているのに、なぜ怒ってしまうのでしょうか。
仏教流に考えれば、それは「怒りの正体が見えていない」からです――。

■怒りのほとんどは、理由がない
怒りは “心の反応”のひとつ。不快な反応です。
その理由は、世間ではさまざまだと思われていますが、仏教的には、実は2種類(!)しかありません。
ひとつは「物理的な刺激」によるもの。たとえば、危険な目に遭ったり、体に触られたりしたときの不快感――
これは、生き物に共通する最も原始的な怒りです。
これ以外の怒りは、1種類だけです。つまり「精神的な刺激」による怒りです。
たとえば、嫌いな相手の振る舞いや、思いどおりに進まない現実への怒り、
いつ始まったのか自分もわからない慢性的なイライラなど――
これらはすべて、肉体ではなく、心が刺激を受けて生まれた反応です。
しかし、不思議な現象だと思いませんか? 
なぜ物理的な接触がないのに、心が刺激を感じて怒ってしまうのでしょうか?
心が刺激されてしまう理由――そこを突き止めることが、「怒らない方法」の決定的なポイントになります。

■初公開・怒りを克服する3つの対策
ブッダの知恵を生かせば、怒りのタイプは3つです。そのタイプごとに「怒らない方法」を、まとめてみましょう。

《その1 貪欲タイプの怒り》
ひとつは、「貪欲」つまり “欲求過剰”(求めすぎ)な精神状態からくる怒りです。
たとえば「もっと高く評価されたい」「もっと業績を上げたい」
「もっと早く、もっと高いスコアで試験に受かりたい」といった願望です。
人間関係で「あの人とは話が合わない」「わかりあえない」という不満・ストレスも、
意外かもしれませんが、貪欲タイプの怒りだったりします。
つまり、相手に「わかってほしい」「こうあってほしい」「味方でいてほしい」という過剰な期待や要求が、
そうはならない現状に「怒り」をつくり出しているのです。

<対策>
こうした求めすぎタイプの怒りは、「私が求めすぎているんだな(欲求過剰なんだな)」と
客観的に理解することが、コツになります。
というのも、求めすぎている精神状態では、何も変わらないからです。
他人は、自分以上に変わりにくい(期待できない)相手なので、そのままでは、不満も、相手との衝突も、続いてしまいます。
そこで、求めすぎている状態に気づいて、「考え方を切り替えよう」と考えます。
「自分に今できることは何だろうか?」と、自分に聞いてみるのです。
体を動かす作業。自分の役割。自分にとって有意義で、楽しいこと。できることは、意外とたくさんあります。
自分の持ち分・領域のほうに心を向けることを基本とするのです。
こうした心掛けを、仏教の世界では「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」と表現します。
反応するより、自分の足元をよく見よう、という意味です。

《その2 怒りタイプの怒り》
ふたつ目は、「怒り」がつくる怒りです。
奇妙な言い方ですが、「すでにある怒りが、あらたな怒りをつくり出している」状態です。
たとえば、過去にイヤなことがあって、怒りが残っていたとします。
すると、心は、持続する(執着する)性質を持っているので、その怒りで別のことに反応しようとします。
その刺激となるのが、「不快な過去の記憶」や「他人の欠点」や、「これは許せない」と思える世間の話題です。
これらに反応して、新たな怒りをつくり出すのです。
これは、いわば「怒りの自家発電」。過去の怒りをエネルギーにして、新たな怒りを生んでいる状態です。
「怒りっぽい人」というのは、その一例です。
理性では「怒ってはいけない」と思いつつ、心に残っている「怒り」でつい反応してしまうのです。
怒りがぶり返すごとに、正しい言葉で切って返す

<対策>
この怒りにも「心の理解」から入ります。「過去の怒りが残っている。でも今は関係ない」と、はっきり自覚するのです。
心にくすぶっている怒りは、今とはなんの関係もありません。心にとどまっている「感情の残りかす」みたいなものです。だから、
「この残りかすの怒りだけ、解消すればいいんだな」と考えましょう。
そのうえで楽しいこと、たとえばスポーツとか、食事とか、気の合う友だちと飲みに行くことなどに時間を使って、
「怒りのお掃除」に努めます。
このタイプの怒りで大事なのは、後で「思い出さない」ことです。
過去の怒りは、過去のもの。思い出すだけ、自分がソンです。そこで、
「過去の怒りを、今怒る理由にはしない。忘れていい怒りなのだ」
と、言葉にして(念じて)みましょう。なかなか消えない怒りもありますが、
そうした怒りがぶり返すごとに、正しい言葉で切って返すのです。

《その3 妄想タイプの怒り》
もうひとつが、「妄想」が生み出す怒りです。妄想とは、現実に存在しない、頭の中にしかない思いのこと。
この妄想が実に厄介、しかもバラエティに富んでいます。
たとえば、イヤな過去を思い出して、怒りを再発させる。
これは、先ほどの「怒りタイプの怒り」ですが、最初の怒りを長引かせてしまうことに力を貸しているのが、
「記憶」という名の妄想です。
また、人がよくやる良しあしの「判断」――つまり「自分は正しい。
相手が間違っている」という思いや、他人と比較したり、優劣・勝ち負けにこだわったりという心理も、妄想にあたります。
さらには、怒らなくてもいい(怒ってもしようがない)ひとごと、たとえば世間をにぎわす事件や話題に、
「まったく!」と1人で憤慨している状態も、妄想して怒っている状態です。
つまり、過去も、判断も、ひとごとも、心の状態としてみるなら「妄想」です。これにとらわれると、暗い怒りが募っていきます。
「小さなことに腹が立つ」「なぜかいつもイライラしている」「最近楽しくない」と悩んでいる人は、大勢います。
こうした怒りの根っこにあるのは、妄想なのです。

<対策>
妄想への対策は、仏教の世界にはたくさんあります。
今回は、なかでも決定的に大事な心掛けを、ひとつ紹介しましょう。それは、
「事実と妄想は違う」
という理解です。これはシンプルですが、革命的な力をもった理解です。
事実とは、妄想の外にあるもの。いわば、脳の外・自分の外に客観的にあるものです。
今目の前にあるもの――その相手や、家族や同僚や、モノや、職場は、自分の妄想以外のところに存在している事実です。
これに対して、頭の中で、言葉で考え、映像で見るものは、妄想です。
この妄想が消えると、どうなるでしょうか? すると、妄想が作り出す怒りも、消えてしまいます。
たとえば、人間関係で考えてみます。相手がこちらに視線を向けてきた、イヤミを言ってきた、
非難・中傷をぶつけてきた、としましょう。
ここで反応すると、瞬時に妄想にのまれます。
つまり記憶に刻んで、思い出して、相手を裁いて、攻撃して、という精神状態に陥ります。これが、妄想が作り出す怒りです。
では「事実確認にとどめて、決して妄想しない」という態度なら、どうなるでしょうか。
求めないし、思い出さないし、判断もしない、としたら?
そのときは、「相手の言っていることは、理解できます(でも反応しません)」という態度に変わります。
もちろんなかなか難しいことです。でも、妄想さえ捨ててしまったら、多くの怒りは消えてなくなります。
そのことは、理解してもらえるのではないでしょうか。

■ブッダは妄想ではなく理解で返した
興味深い例として、『原始仏典』という古い仏教書のエピソードを紹介しましょう。
ある日ブッダは、嫉妬に駆られたバラモンに、さんざん悪口をぶつけられるという災難に遭遇しました。
周りの人は青ざめたり、激高したりと、騒然となりました。
でも、このときブッダが返したのは、意外な言葉でした。
「あなたがふるまったごちそうを客人が食べなかったら、その食事は、あなたのものになるだろう」と語り、こう続けたのです。
「私は、あなたが差し出す食事(つまり怒りの言葉)を受け取らない。だからそのまま持って帰るがよい」
平たくいうと、「あなたが食べるのは、あなたの自由だけど、私は食べません(反応しません)よ」というのです。
実に合理的で明快な返し方だと思いませんか。
確かに、外の世界も、他人も、いろんなことを言ってくるし、よからぬ考えを向けてきます。
でも、それに反応したら、自分の中に苦しみが生まれます。
その苦しみを長引かせるのが、妄想です。ひとの心には、記憶や、良しあしの判断、先行きへの不安や心配、
社会にあふれる情報や話題など、妄想する材料は、いくらでもあります。
しかしそのままなら、怒りは、いつまでも続くことでしょう。
だからブッダに学んで、「怒りをつくっている妄想に気をつける」のです。
そこで、こんな心構えで日常を過ごしてみましょう。難しいけれど、練習です――。

・外の世界・相手に、妄想から入らない。「期待」や「判断」に走らない
・そうした自身の思いに、「これは妄想」と、まずは気づく
・不愉快な相手には、「あなたにとっては、そうなのですね(理解はできます)」という立場に立つ

妄想せずに、理解から入るように練習するのです。相手に対しても、どんなときもです。

■「いざというときの考え方」を知っておくほど得をする
『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていく ブッダの超・合理的な「考え方」』
「でも、そんなこと口に出したら、余計に怒られます」と言う人がいます。それはそうです(笑)。心の中でやってください。
また、期待も、求める心も、妄想も、決してマイナスだけではありません。
やる気につながったり、仕事や人間関係に改善をもたらしたりと、プラスに働くこともあります。
ただ確実に必要といえるのは、問題が起きたときの「心の使い方」なのです。
その点で、2500年の蓄積をもつブッダの知恵を、生かさない手はありません。
怒りをつくっている本当の原因に気づいて、正しい心の使い方に戻ること。
こうした心掛けで暮らしていけば、小さな怒りを引きずることは減っていきます。やってソンはありません。
練習次第で、心は変えられます。幸福、充実、軽快、満足という、もっと大切な心に向かって、いざ、精進!

電話は嫌い、非通知出ない 人事も驚く今どきの就活生

電話は嫌い、非通知出ない 人事も驚く今どきの就活生
2017/3/8
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO13579300S7A300C1000000?channel=DF180320167086&style=1

「学生が電話に出てくれない」――。3月1日に解禁となった2018年卒の採用活動。
浪人や留年などの寄り道なしで卒業予定であれば、1995~96年生まれの大学生たちは、
生まれたときからの携帯電話世代だ。彼らの通信手段は「LINE」「ツイッター」がほとんど。
就職活動になって初めて、「見知らぬ大人との電話コミュニケーション」に直面、とまどう学生も少なくない。
通信手段の変化が、就活に思わぬハードルをもたらすこともあるようだ。

■電話対応、採用の評価に
 「電話、やっぱり嫌ですよね。アポの調整はメールがいい」。早稲田大文学部3年の女子大生はこう話す。
さらに「知らない番号は気になる」という。就職活動を本格化し始めた昨年秋ごろから、
登録した就職支援会社から、イベント勧誘の電話が頻繁にかかってくるようになった。
「何時にかかってくる、とあらかじめわかっていれば対応できるけど……」と不快感を隠さない。
就活生には電話1本かけるにも事前のアポイントメントが必要なのか。
 企業の人事担当者はどう感じているのだろう。
 主に海外など遠隔地にいる就活生向けに、無料ビデオ通話ソフト「スカイプ」を使った面接も一部受け付けるなど、
採用活動にデジタルメディアを広く活用している携帯電話大手、ソフトバンク。
しかし、社会人になってから期待するマナーは違うようだ。採用・人材開発統括部の源田泰之統括部長は、
「チームでやる仕事が多いし、コミュニケーションスキルは仕事の成果にかかわる。
さすがに電話が全然できないのは困る」という。
 ある東証マザーズ上場のアプリ開発会社の人事担当者は「電話の対応はチェックする」ときっぱり。
面接やインターンシップ(就業経験)など、「よそ行き」の顔がいくらしっかりしていても、
電話のやりとりができなければ評価が下がるそうだ。
また、この会社はメールの返信の早さ、遅さなどの対応力も見ているという。
 その一方、「『未登録の03ナンバーは怪しい』と思われているのだろう」と、電話に出ない学生の行動に理解を示した。
着信履歴を見たらまず検索でチェックし、企業名を確かめてから折り返す、という動きは、
IT(情報技術)リテラシーの高い学生には当たり前の自己防衛なのかもしれない。
 どちらにしても、インターネット上にマニュアルが流布する今だからこそ、
メールや電話の対応力が「学生の素を見たい」という採用担当者にとって絶好の機会の一つとなっているようだ。
 マスコミに勤務する30歳代の女性は、送られてきたOG訪問の依頼メールに感心した。
「拝啓」に始まり「敬具」まで、非常に丁寧な文面だったためだ。ところが、実際に会ってみて、もっと驚いた。
「会ってみたら目をあわせてくれないし、ずっと、おどおどしていた。メールではしっかりしていたのに……」。
電話にかぎらず、面と向かっての対応が苦手、という学生は多い。

■「非通知」なんてありえない
 「学生は電話が苦手」と断言するのは、20年以上採用市場を見てきた就職情報大手、
マイナビ(東京・千代田)の栗田卓也HRリサーチ部長だ。
今どきの就活生は、LINEや フェイスブックの無料対話アプリ「メッセンジャー」など、
文字だけのコミュニケーションに慣れている世代だ。しかも、同世代の友人とのやり取りがほとんどなため、
「急に大人と接触する機会が訪れたり、電話で話そうとしたりすると緊張してしまう」(栗田部長)。
さらに、「非通知」の電話には出ないという学生が少なくないという。
 人事が番号非通知で学生に電話をかけてくることもままある。
採用現場の苦悩を描いた小説「あの子が欲しい」の作者、朝比奈あすかさんは、
「非通知での電話連絡は、できるかぎり情報を開示せず人を採りたい、という採用側の傲慢さが出ている」という。
 ただ、非通知は必ずしも故意とは限らない。栗田部長は「学生がつかまらないと嘆く人事に、
もしや『非通知では』と確認すると、意図せず設定されていた、というパターンがある。
オジサンはITに弱くて」と苦笑い。小さな確認もれで優秀な学生を取り逃がすケースもありそうだ。

■友人とのコミュニケーション、電話は1.3%
 マイナビが17年2月に18年卒の就活生を対象に実施した「ライフスタイル調査」では、
友人とのコミュニケーションに使うツールはなんと9割がLINEだった。一方、電話は1.3%とごくわずか。
スマートフォンの保有者は98.5%と「ほぼ全員持っている」状態だが、通話の頻度は少ないようだ。
 しかし、実際に日々仕事に向かうビジネスパーソンは誰もが
「『電話が苦手なので』では仕事にもならない」と即答するはずだ。
前述の栗田部長も、「電話のコミュニケーションに慣れていないのなら、就活で慣れたほうがいい」と進言する。
日々の仕事で必要なスキルだからこそ、面接官がチェックしている。
 学生諸君は「面接以外の場面でもチェックされているなんて」と負担に思わず、
この機会に「大人との電話コミュニケーション」を克服してはどうだろうか。
(松本千恵)

==============================================

私も電話は苦手だ。
今とは時代が違うが、はるか昔の大学生の就職活動での電話のやりとりもとても緊張した。
あらかじめ台本を作っておいたり、ひとりで練習したりもした。
予想外のことを言われたりすると、しどろもどろなってしまったりもした。
だから今の学生の気持ちもよくわかる。
今は非通知の電話に出ないことは、特別なことでもない。
携帯でも、固定電話でも非通知をはじく設定にしている人も少なくないと思う。
電話の対応力は必須という人事担当の人の言い分はもっともだが、
押し売り電話じゃあるまいし、せめて企業は非通知はやめてほしいと思う。

<円谷幸吉>国民の心打った英雄

河北新報より
<円谷幸吉>国民の心打った英雄

◎敗れざる人(1)今に生きる/駆け抜けた27年の生涯

冬の風物詩、東京箱根間往復大学駅伝。陸上の長距離走に親しむ者なら誰もが憧れる舞台だ。
今年、精鋭たちを率いた監督20人のうち5人までが福島県出身者だった。
 駒大の大八木弘明(会津若松市出身)、東洋大の酒井俊幸(石川町出身)、早大の相楽豊(郡山市出身)、
日大の武者由幸(相馬市出身)、国士舘大の添田正美(須賀川市出身)。
 ランナーに目を向ければ、往路4区で須賀川市出身の阿部弘輝(明大1年、学法石川高出)が疾走した。
 長距離と福島。関係性を考えていくと、ある人物の姿が浮き上がってくる。

<地元に夢引き継ぐ>
 円谷幸吉(1940~68年)。1964年東京五輪のマラソン銅メダリストで生まれと育ちが須賀川市。
メキシコ五輪が行われる68年の1月9日、所属する自衛隊体育学校(東京都練馬区)の宿舎で
右頸(けい)動脈をカミソリで切り、自死した姿で見つかった。
 時に、「明」よりも「暗」を強調される選手でありながらも、地元にはスポーツ少年団「円谷ランナーズ」や
「円谷幸吉メモリアルマラソン大会」があり、第2の円谷を育てようという夢が引き継がれている。
 箱根を走った阿部はここから巣立った。地元の岩瀬郡市陸上競技協会理事長の本田実(65)は
「(阿部が箱根駅伝を走り)階段を一つ上ることができた。いつか五輪選手が出ればうれしい」と感慨深げだ。
 なぜ、円谷の名は半世紀たった今も色あせないのか。
瀬古利彦や有森裕子らはどうして生家や菩提(ぼだい)寺にまで足を運び、冥福を祈るのか。
 時計の針を68年に戻す。社会全体は騒然としていた。ベトナム反戦運動が国内外で高まりを見せ、
全共闘が生まれて大学紛争が激しさを増した。この年、日本は国民総生産世界2位の経済大国になる一方で、
公害や交通戦争など高度経済成長のひずみも顕在化した。
 いわば「時代の転換点」での円谷の死だった。

<栄光のメダル重く>
 遺体発見時、都内在住だった姉、岩谷富美子(82)は小さな子をおぶって親族で一番に駆け付けた。
6男1女の末っ子幸吉とは6歳違い。最愛の弟の頬を両手で包み込み、
「泣きながらさすった時の冷たさを今も覚えている」。それは、頼れる人がいなかった円谷の心に触れた、ともいえる。
 当時の河北新報は円谷の死をこう伝えた。見出しは「重かった栄光のメダル」「故障続きにあせり?」。
東京五輪で国立競技場を埋め尽くした7万5000の大観衆の中、英国のヒートリーに抜かれ3位に後退。
レース後、「4年後のメキシコ大会を目指す」と国民に「約束」したことで、かえって円谷は呪縛に陥ったのか。
 期待の重圧に敗れ去っていく選手は、過去にも今にもあまたいる。
しかし、円谷は想像もできないほどの栄光を極め、やがて誰も経験したことのない挫折感に打ちのめされた。
人はそのことを知っている。だからこそ、あの「遺書」に胸を締め付けられ、涙する。



 戦後最大のイベント、東京五輪が生んだ英雄、円谷幸吉が亡くなって五十回忌を迎えた。
27年の短い生涯を駆け抜けた円谷の姿はわれわれに何を残すのか。(敬称略)
(宮田建)

◎円谷幸吉の遺書全文

【親族宛て】
(1枚目)
父上様 母上様 三日とろゝ美味しう
ございました、干し柿 もちも美味しうござい
ました、
敏雄兄、姉上様、おすし美味しうござい
ました、
勝美兄姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しう
ございました、
巌兄姉上様、しそめし、南ばんづけ美味しう
ございました、
〓久造兄姉上様、ブドウ液、養命酒美味しう
ございました、又いつも洗濯ありがとうございました、
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き
有難とうございました、モンゴいか美味しうござい
ました。
正男兄姉上様、お気を煩わして大変申し訳
(2枚目)
ありませんでした、
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、
ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、
ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、
恵子ちゃん、幸栄君、
裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になって下さい。

父上様 母上様 幸吉は、もうすっかり
疲れ切ってしまって走れません
  何卆 お許し下さい。
気が休まる事なく、御苦労、御心配をお
掛け致し申し訳ありません、
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました、

【体育学校上官宛て】
校長先生 済みません、
高長課長 何もなし得ませんでした、
宮下教官 御厄介お掛け通しで済み
ません、

企画室長、お約束守れず相済みません、

メキシコオリンピックの御成功を祈り
上げます、
 一九六八・一、

[つぶらや・こうきち]1940年5月13日、福島県須賀川町(現須賀川市)で出生。
同町の小中学校、須賀川高を経て陸上自衛隊に入隊。
八戸教育隊、第6特科連隊(郡山市)を経て、62年自衛隊体育学校特別体育課程の1期生として入校。
64年東京五輪の男子1万メートルで6位入賞、マラソンで銅メダル。65年河北文化賞受賞。
67年3月、中大第二経済学部(夜間)を卒業。
68年1月9日午前、体育学校幹部宿舎の自室で自死している姿で発見された。
命日は同8日。163センチ、53キロ(東京五輪代表選出時)。
【注】〓は「七」を3つ重ねた字

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170109_64025.html

真田丸

真田丸の最終回は、今一つだったかも。

さんざん番宣して盛り上げ、
サブタイトルなしとか、クランクアップ非公開とか
いろいろ期待させていた割には、肩透かしを食らった気分。

秘密にしたかったのは死に方?
通説で言われているように、追い詰められた後、雑兵に「手柄にせよと」斬らせて討ち死にしたのではなく
父直伝の手口で敵をおびき寄せて斬った後、自害した この部分なのだろうか。

それが駄目だったというわけではないが
あまり感動しない、すっきり感のない最終回だった。
不完全燃焼というかなんというか…
話の筋上では、「生き切った」のかもしれないが
信繁の燃焼感というか、生き切った感の描き方が(演じ方ではない)足りなかったからなのかもしれない。
はっきりと死を描いた人数も少なく、史実では死んだ人でも
ドラマ上でははっきりしなくてもやもやする。
ラストの正信、信之のシーンは良かったが。

でも一年を通して全体を振り返ってみると、結構楽しめた大河だったと思う。
同じく三谷氏作の大河の新選組!ほどではないものの、毎週楽しみにしてした。
去年のアレや官兵衛や江や天地人に比べれば、間違いなく面白い。
家康や昌幸等の周囲はとても良かった。

来年はものすごーくつまらなさそう。
つまらなくても、キャストが良ければ見るのだが、それもなし。
なんとなく顔が嫌いな某俳優も出るし
(官兵衛や新選組!にも出てたけどそのときは我慢してたが来年は出番が多そう)
(顔だけで言えば、今年の人もどちらかというと苦手だが)
おそらく見ない。
再来年もつまらなさそう。
西郷さん役の人が残念。原作・脚本の人もどちらも苦手。
再来年は、大河として成立するのかどうか。かといってコメディにするのも難しそうな感じ。
脚本の人には出来れば大河に手を出してほしくない。
しばらく大河は休みか。
ビフォーアフターも終了してしまったし
憂鬱な日曜日の夜をどう過ごすが、考えたい。


ところで昨日の記事で
黒田何某さんが出ていたドラマを未成年と書いたけど人間・失格だった。
今日の紅白の歌が決まったニュースでKinKi Kidsを見て、はっきり思い出した。
あ~この子達と出てたドラマだったと。



東北・北陸新幹線 仙台ー金沢で初の直通運行

東北・北陸新幹線 仙台ー金沢で初の直通運行
11月7日 12時35分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161107/k10010758401000.html

北陸新幹線が開業した石川県や富山県に、東北から観光客を呼び込もうと、
仙台と金沢を直通で結ぶ臨時の新幹線が、7日に初めて運行されました。
臨時の新幹線は、東北新幹線から北陸新幹線へ大宮駅で乗り換えることなく、直通で運行され、
今回初めて仙台駅と金沢駅の間を1往復します。

7日午前、ふだんは北陸新幹線を走る「E7系」と呼ばれる車両が仙台駅に姿を見せ、
新幹線を利用するツアー客およそ800人のほか、鉄道ファンなどが出迎えました。
群馬県から夫婦で来た50代の男性は「東北を走る北陸新幹線の車両に乗れるのでわくわくドキドキです。
たくさん写真を撮って、北陸ではとれたてのカニを食べてきたいと思います」と話していました。
臨時の新幹線は午前10時36分に出発し、途中の大宮駅では、進行方向が変わるため、
乗客が自分たちで座席の向きを反対にし、富山県の黒部宇奈月温泉駅や富山駅などに停車したあと、
金沢駅に午後2時半すぎに金沢に到着しました。
改札口では、ミス百万石や加賀友禅を着た着物姿の女性たちが乗客を出迎えました。
福島市から訪れた女性は「金沢まで乗り換えがないのはとても便利だと思いました。
駅では着物姿の女性に迎えられ感激しました。金沢を満喫したいです」と話していました。
このあと、乗客はそれぞれの目的地へバスで向かいこのうち、金沢市内を中心に観光する団体客は金沢城公園を訪れ、
国の重要文化財に指定されている石川門などについて、ボランティアガイドの説明を受けていました。
仙台から訪れた男性は「金沢城公園は、初めて来ました。直通新幹線で来られるならまた来てみたいです」と話していました。
また、添乗員の女性は「仙台と金沢が近く感じました。今後も直通新幹線が運行するのであれば、
お客さんに北陸も勧めたいです」と話していました。
JR東日本仙台支社の百々潤司営業部長は「今回のツアーが成功すれば、
次は北陸のお客様が東北に来てもらえるような催しも考えていきたい」と話していました。

<花春酒造>事業譲渡 新会社で経営再建へ

<花春酒造>事業譲渡 新会社で経営再建へ
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201609/20160930_62001.html

約300年の歴史を持つ老舗酒蔵の花春酒造(福島県会津若松市)は29日、
経営悪化などを理由に酒造事業を、地元ゆかりの経済人5人が出資した新会社に譲渡したと発表した。
新会社は社名を引き継ぎ、「花春」のブランド、従業員約20人の雇用を維持する。
社長には地元出身の出資者の一人で、幸楽苑ホールディングス(HD、郡山市)社長の新井田伝氏(72)が就いた。
花春は1718年創業でピーク時の1978年には37億円の売上高を記録。
日本酒市場の縮小や消費者の好みの変化で、主力の普通酒の不振が続いて経営が悪化。
東京電力福島第1原発事故の風評被害も重なり、昨年の売上高は約2億5000万円に落ち込んだ。
新会社は資本金3000万円。会津若松市神指町の工場で、これまで通り酒造りを続ける。
新井田氏は個人としての出資で、幸楽苑HDと新会社との間に資本関係はない。
旧会社は「神指興産」と名称を変更し、不動産売却などで総額約5億円の負債整理に当たる。
創業家の宮森泰介氏(59)が引き続き社長を務める。
会津若松市役所で記者会見した宮森氏は「倒産回避を目指したが、力不足だった。
より良い花春になるはずで(譲渡を)前向きに捉えている」と強調。
新井田氏は「営業次第で結果は出せる。売り上げを5億円に倍増するのは難しいことではない」と述べた。
福島県の日本酒は全国的に高い評価を受けているが、
6月には栄川酒造(磐梯町)が東京の食品関連会社の傘下に入るなど経営再建の動きが出ている。
2016年09月30日金曜日


花春のお酒は大好きなので寂しいニュース。
味は変わらず、今まで通りでいてほしい。

ひすい、「日本の石」に選定 日本鉱物学会の記念事業

ひすい、「日本の石」に選定 日本鉱物学会の記念事業
増田洋一
2016年9月24日18時41分

日本鉱物科学会は24日、ひすいを「日本の石(国石)」に選定した。
この日金沢市であった総会で、会員が投票して決めた。
学会の一般社団法人化に伴う記念事業の一環として企画された。
選考対象になっていたのは、日本で広く知られた国産の石で、
鉱物科学や地球科学の分野にとどまらない世界的にも重要性を持つ石。
学会は第1次候補の11種から、会員以外の意見も募って5種(花崗岩(かこうがん)、
輝安鉱、自然金、水晶、ひすい)に絞り込み、この日の投票に臨んだ。
第1回投票の上位2種で決選投票がおこなわれ、71票のひすいが52票の水晶を上回った。
ひすいが国石にふさわしい条件として、学会は
①日本でも採れる宝石として有名
②有名な緑に加えてラベンダー色などの多様性と半透明の風合い
③世界で最古のひすい文化(約7千年前)となったこと――などを挙げている。

ひすいは2008年に新潟県糸魚川市が「市の石」に、
今年5月に日本地質学会が「新潟県の石」に選んでいる。
糸魚川市の米田徹市長は「ひすいを郷土の誇りと宝としてきた糸魚川市、
また、北海道から九州にかけて点在するひすいの原産地を持つ地域にとって、
これ以上の喜びはありません」とコメントした。
一方、日本地質学会は、47都道府県の「県の石」を選んでホームページなどで公表している。
(増田洋一)

http://www.asahi.com/articles/ASJ9S5WZSJ9SUBQU00T.html
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