レクリングハウゼン病

レクリングハウゼン病
●代表的な症状
カフェオレ斑、神経線維腫
●症状がよく似ている病気
しみ、ソバカス
●おこりやすい合併症
神経系の異常→難聴、めまい、頭痛、片目失明等
骨の異常→脊椎側弯症、骨嚢腫等
知能低下
■どのような病気か
先天性の病気で、皮膚、神経、骨等の前身に異常、腫瘍をおこす。
約半数の患者で遺伝性(優性遺伝形式)が明らかにされている。
頻度は10万人に30~40人といわれている。
殆どはしみ、ソバカスのようた皮膚の色の変化で気付きます。
代表的なのはカフェオレ斑です。
カフェオレ色の染みが5~6歳頃から現れ、思春期頃に数が増えます。
他に首、腋にソバカス状の小さな色素斑も現れます。 成人に達してから現れる神経線維腫は米粒大から卵大、
時に皮膚の一部が垂れ下がるほど大きな腫瘍になります。
柔らかく、押すとへこむ感じがするもので次第に数を増していきます。
■病気に気付いたら…
神経系の腫瘍が生じる為、これに注意。
特に聴神経に多いので、難聴、めまい、頭痛等の症状に注意し、
脳神経外科、耳鼻科の診察を必要とする。
2~5%と頻度は低いが神経線維腫の悪性化もある。
急に皮膚の腫瘍が大きくなるような時は要注意。
先天性のため治療は困難。
神経系腫瘍悪性化の早期発見のため定期的な診察が必要

日記(6/2)

あっという間に六月。
早い。
一昨日は暑かったのに、昨日、今日は肌寒い。
でもようやく冬布団をしまった。
圧縮に失敗して、もう膨らんでいるけど
とりあえず押入れに収まった。

昼間、空からドスドスと音がした。
王城寺原で演習があったようだ。

「神経線維腫症Ⅰ型」(レックリングハウゼン病)。
病名で検索して来る方が多いけど、役に立つ情報を載せているわけではないし
この先、この病について記事を増やしていくかどうかは気分次第なのでわからないし
同じ病の方と語り合ったり、情報を交換したりする気もない。

それに、朝ドラ「カーネーション」の中での、ある場面のことを記事にしたけれど
あのドラマ全体を叩く意図は全くないというのに、
とある所で、ドラマを叩く材料のひとつとしてその記事が使われていた。
(どうせなら、火事→あざではなく、かぼちゃ→南京の記事のほうであれば食いついてくれても構わなかった)

カーネーションで

今日の話は、ちょっと悲しかった。

「妊婦さんが火事を見ると、あざのある子が生まれる」
迷信とは言え、今でも言う人もいる。

私は前にも書いたように、レックリングハウゼン病という病気で生まれつきあざがある。
父からの遺伝。
腕や首が見えるような、夏の服だとあざがあることがわかる程度。
でも、見知らぬ人が聞いてきたりする。
「あなたのお母さん、あなたがお腹にいる時に火事を見たの?」

ドラマの中で野田総理に似た顔の医者がきっぱりと「それは迷信」「医学的な根拠は全くない」と言っていた。
(あの顔では説得力がない。)
医者がそう言っても糸子はずっと心配していた。
生まれた子にあざがない事を知ってほっとした様子。

小篠綾子さんの自伝は読んでいないので、そのあたりはどのように表現されているのかわからないが
綾子さんが今日のドラマの通りに書いているのならば、別にそのことについて文句を言う気持ちはない。
あざのある人に配慮しろなどとNHKに言う気はない。
あざの心配をするのは母親の心情としては当然のことだと思うので。

もしこれが脚色だったのなら不快だが
・・・でも変に配慮して糸子に「あざがある子が産まれても構わない、どんな子でも素晴らしい」などと言わせたとしても
それはそれで気持ちが悪い。わざとらしくてもっと不愉快かもしれない。

あざのある子が生まれたらどうしようの描写・・が結構しつこくて
そんなにあざって忌み嫌われるものなのかと悲しくなった。

同時に、遺伝という明確な理由があるとはいえ、あざのある子を産んでしまった私の母は
産んだ当時はまわりに何か言われ、私以上に傷ついたのではないかと急に心配になった。
今まではあんなことを言われて悔しかった、いやな目で見られたなどと
自分がされたことに対して悲しく悔しい思いはあったが、
母も何か言われて悲しかっただろうということに考え及んだことはなかった。
心無い言葉を浴びせられたことはあったかもしれない。
母だって、あざのないきれいな子を産みたかっただろう。
あざは私以外の子には遺伝しなかった。
父の母(私の祖母)や父方のいとこの何人かにはあざがあったので
父方の親戚は(原因がはっきりわかっているから)母を責めるようなことはなかったと思うが、
今現在だってあざを見て無神経にいろいろ言う見ず知らずの人や、
無邪気?に聞いてくる知人はいるのだから昔はもっといただろう。
近所の人とか何歳児検診でよそのお母さんとか。

母は今日のドラマはどう思っただろう。
あざの話を母としたことはあまりない。両親の前であざを嘆いたことも一度もない。
以前、母が全く別の話をしていて、何かの拍子に「お腹に赤ちゃんがいる人が火事をみると・・ 」と言いかけ
少し間があって「・・いぼのある子が産まれるという迷信があって」と迷信を改変
私は本当の迷信は知っていたけど(わざわざ教えてくれる見知らぬ人がいるから)、
「へえ、馬鹿馬鹿しい迷信だね」と全くそしらぬ風を装い、相槌を打った。
(この当時はまだあざだけで線腫はなかったので、いぼの改変フォローは通用した)
母が私にかなり気を遣っているのを感じた。
だからこそ、決して嘆くまいと思う。

私は、あざについてはもうどうでもいい。
治せるものでもないし。
今では父を偲ぶ形見になってしまった。




首周り

昔より今の方が
首周りのあざが気になるようになった。

以前は夏場、わりと平気で首周りのあいた服を着ていた。
今、他人の視線等はどうでもいいと思っているのに
なぜか首周りは見せたくない。
髪が短くて首周りをごまかせないというのもあるけど
首が丸見えの服はどうしても着たくない。
自分で自分を見たくない。

ところで、私は襟のない服を着ていると
首からぶら下げるタイプの社員証がいずくていずくて(方言)しょうがない。
じかに首からぶら下げると肩こりの度合いが酷くなるような気がする。
首周りを隠したいのと、社員証がいずいということで
首が隠れる服を選ぶことが多い。
見た目は暑苦しいかもしれないけど、自分の体感としては暑くもない。

首から何かをぶら下げるのはなんでもいや。
ネックレスは疲れる(それに金属も苦手だし)
トルマリンとか磁気ネックレスとか肩こりを緩和するという目的のものであっても
ますます肩こりが酷くなる。
紐を首で結ぶ服なんてとんでもない。
見ただけで首が張る。
エプロンは紐のものはだめ。
スカーフも苦手。
とっくりも苦手。
とっくりとスカーフは首周りを隠すのにはいい道具だけど使わない。

とうとう目に来た

ついこの間、レックリングハウゼン病について書いた。
今日、健康診断に行ったら、そのまま眼科で詳しい眼底検査をするように言われ眼科へ。
診断によると目の中にも出てきているとのこと。
今まで、自分で調べてみて目にもでる…ということは知っていたが
どんなふうになるのか分からなかった。
自分の目の中の映像をみせてもらって、「ああ、こういうことか」と分かった。
どんどん進行し、かといって命にはほとんど関わらない厄介なできもの。
全く、愉快ではない。
治療するわけではないけど、経過をみるためにこれから毎年検査を受けてくださいだって。
身体の神経線維腫も増えるようなら皮膚科にも行くように言われたが
皮膚科に行っても様子をみるだけで特に治療できるわけでもない。
取ってもまた出てくるというお墨付き。
まるでカビのような繁殖力。
どうしようもない。

***********
今日の健康診断
採血がなかなか上手くいかず、3か所程刺され、しかもとても時間がかかった。
身長が伸びていた。
血圧が低くなかった。高くもないが。
結果を聞きにまた行かなきゃならないらしい。めんどくさい。
眼科は恐ろしいほど混んでいた。待ち時間1時間半。
その後役所へ用足しに行ったが書類が揃わずまた行かなくてはならない。
今日は何かと二度手間の日だった。

レックリングハウゼン病

レックリングハウゼン病…
このキーワードで私のブログに辿りつく方がいるようなのでこのことについて少し書いてみる。
せっかく辿りついても病気に関して有意義なことは今まで何も書いてこなかった。

私はレックリングハウゼン病(神経線維腫症I型)である。
過去の私の記事より引用

************
私にはぶち模様がある。
私は神経線維腫症Ⅰ型(レックリングハウゼン病)という遺伝病で
茶色の痣(あざ)が身体にある。
長袖で、ハイネックの服を着れば、外からわかることはないが
かなりたくさんのあざがある。
年齢が進むにつれて線維腫もあちこちにでてきている。
いやでいやで、自分を忌み嫌っていたが
最近では、もう、何も感じなくなくなった。
乗り越えたというのではなく、どうでもいいという感じ
ここで遺伝は止めたいので、子供を持つ気はない
結婚も望んではいない
また、親に申し訳ないので、
全く気にしていないように振舞わなければならない。
早く骨になってあざから解放されたいが
自ら死ぬわけにも行かないので、それまでは
この身体に魂を乗せていくしかない。
************

レックリングハウゼン病というのは遺伝病
3000人に1人位の割合らしい。
カフェオレ斑が生まれた時からあり、思春期頃に神経線維腫がぽつぽつと出てくる。

私は幼い頃はそれほど気にしていなかった。
父にも祖母にも、いとこにもあざがあったから、特別なことではないと思っていた。
また、長袖の服を着ていれば首以外はそれほど目立たなかった。
小学生の頃、大学病院で診てもらったが、上半身裸のまま大勢の研修生にじろじろと見られ、
いやな記憶として残っている。
大学病院で診てもらっても結局はレーザーで消す以外の方法はなく、
あまりにたくさんの斑があるので無理ということで、カバーマークの化粧品を紹介されただけだった。
カバーマークは、無料でもらえたのだが、
やり方を教わった母が面倒がって、それで隠すということはなかった。
小学生の頃はあまり隠す必要もなかった。
中学生、高校生位になってプールや修学旅行のお風呂がいやになった。

恋愛も、いつもどこかでブレーキがかかっていたが
そもそも人付き合いが得意ではないのであざとは関係ないかもしれない。

紹介でお見合いのようなことをしたことがあるが
その席で、相手の男性が、この前お見合いをした女性が
腕や首にあざがいっぱいあって気持ち悪くて断ったとぺらぺらとしゃべり始めた時は
よかった、こいつを断る理由ができた!、こういう奴だと今分かったことはラッキー!
という喜びもあったが(乗り気ではなかったので)
やっぱりあざがあるというのは気持ちが悪いと思われるんだ…と悲しい思いもあった。
好きな人がいても、あざがあることを自分への言い訳にして、
やっぱり気軽な友達止まりでいいやといつも割り切ってしまう。

私がこの病気を持って生まれてきたことには何か意味があるのかもしれないが
まだどういうことなのか、どうすればいいのかは分からない。
何かこれを材料にして活動したり、同じ病気の方と集ったりする気もない。
もうプールや海水浴に行くことはないし温泉もほとんど行く事はないのでどうということはない。
最近は健康診断等でもよほど酷い医師や看護師でない限り、
アレ?という顔をされることもない。

人の首や腕をじろじろ見て仲間内で何か言っていたり、爛々とした目でいろいろ聞いてきたり
たまにいろんな人に出会うこともあるが…
…あざは相手の人間性をみるリトマス紙になったりもする。
自分自身もやはり基本的には美しく見栄えのよいもの(人・物かかわらず)を好む傾向があるので、
他人のことをとやかく言うことはできないけど。

意外とあざに対してのあからさまな暴言よりも
親しい友人や家族の何気ない一言や無知ゆえの一言の方がカチンとくるし
いつまでも覚えているものである。

結婚はわからないが子供は持たない。(もう無理に産まなくてもいいよと言われる年齢)
以前も書いたが、乗り越えてはいないがもうどうでもいいというのが正直な気持ち。
たぶん、あざがなくても私の性格や生き方は今とそう変わらない気がする。

でも、もしまた人間に生まれ変わることがあったなら(いやだが)
次はあざのない身体で生まれたい。
どうしてもぶち模様で生まれなければならないのなら
神様、どうか猫にしてください。

結局、レックリングハウゼン病で検索して辿りつく方にとって
役に立つようなことは書いていないと思う。
治しようもないし、本当にどうしようもない。悩んでも解決の道は(少なくとも私には)ない。
ただ、10代後半、20代の頃は辛さも大きいと思うけれど、年を重ねると少しは楽になるよ…
…それにいつかは骨になる。骨になればみな同じ…
と今同じ病気で悩んでいる方がもしいるのなら言ってあげたい。

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